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ウィルバー哲学に思う

「統合」の哲人ケン・ウィルバーにはじまり、仏教心理学的視点を取り入れたマインドフルネス、第三世代の認知行動療法ACT、そして近年ブームのアドラーまで、脳科学的なアプローチも加味し、心理哲学的な関心について綴っています。

インドラ網として万物に証せられた自己

2012/1/9のブログにヨンゲイ・ミンゲール・リンポチェの著書から引用してこのように書いた部分がある。 『華厳経』という古い仏典にはこう書かれています。宇宙とは無限の網であり、ヒンドゥー教の神インドラ(帝釈天)の意思によって生じた。この無限の網の…

五蘊その5「識」―Consciousness

五蘊の無常、無我、相互依存性を看破する やっと五蘊の最終回です。今回は五蘊の5番目の「識」(Consciousness)とは何かということと、五蘊全体のまとめについてティクナットハンの解説を見てみたいと思います。 以下“The heart of the Buddha’s Teaching”p…

不快によってむしろ静穏、明晰、慈悲を誘発させる

「経験に対する反応や解釈は選択することができる」という題目で文章を書こうとして何日も過ぎてしいました。そこで前半部分と後半に分けることにします。今回はその前半です。 ミンゲールのJoyful WisdomのP9にこうあります。(以下引用拙訳) 私たちがこ…

The Suffering of Change 変わりゆくものに執着する苦しみ

ミンゲールのJoyful WisdomのP52から、二つ目の苦しみのタイプThe Suffering of Changeについて書かれている(一つ目はSuffering of Suffering、三つ目はPervasive Suffering)。 「変わりゆくものに執着する苦しみ」と訳すのが適切ではないかと思う。以下に…

自作の苦(pain as self-created)

ミンゲールのJoyful Wisdomの中に「二本の矢」に通じる話があったので紹介したいと思います。(以下、P46~引用拙訳) Milton's Secretと「二本の矢」 - ウィルバー哲学に思う 私たちはコントロールできない経験の感受に関してはたくさんの選択をもたない。…

絶対肯定としての「トンパ・ニ」

ミンゲールの「今、ここを生きる:The Joy of Living」の 第4章 空―実在を超えた実在 のP80で「空」のことがこう説明されている。 心をただ休める時に経験する広々と開いた感覚を、仏教では「空」と呼んでいます。・・・「空」という言葉を「無」("the Void” o…

心の部屋に灯りをつけるマインドフルネス

ミンゲールのJoyful Wisdom(邦訳書は未刊)の第2章に、パリのろう人形ミュージアムでのエピソードが書かれている。 ダライ・ラマのろう人形の隣に立っていたミンゲールを、ろう人形だと思い込み、ダライ・ラマとのツーショットの写真を撮ろうとした観光客…

”Compassion”インドラ網である自分を感じる

宮沢賢治の「インドラの網」の中に書かれている表現は次のようになっている。 「ごらん、そら、インドラの網を。」 私は空を見ました。いまはすっかり青ぞらに変わったその天頂から四方の青白い天末までいちめんはられたインドラのスペトル製の網、その繊維…

調子を良くする「おーとっと」

年末から、自分にとって尊い(?)感覚をいくつか思い出していた。 中学の頃、卓球をしていた時のあの感覚。腹が入っていて、どこに打って来られても返せる感覚。映画「フォレスト・ガンプ」の卓球のシーンを見ると思い出す。そんな感じ、そんな感じだ。 小…

習慣的な脳神経回路を書き換える

ヨンゲイ・ミンゲール・リンポチェのThe Joy of Livingの邦訳書「今、ここを生きる」を読んでいる。本書は翻訳家、松永太郎氏の最後の書である。全18章までの12章を松永さんが訳され、そこで止まっていたものを今本渉氏がその後を訳され、PHP出版から昨年9月…