ウィルバー哲学に思う

「統合」の哲人ケン・ウィルバーにはじまり、仏教心理学的視点を取り入れたマインドフルネス、第三世代の認知行動療法ACT、アドラーなど、複雑系や脳科学的なアプローチも加味し、心理哲学的な関心について綴っています。

藤城清治

ポイエーシス的な働き方

NHK「100分de名著」昨年12月の名著はレヴィ=ストロースの『野生の思考』であった。 この概念を伝えるのは難しいのではないかと思われたが、中沢新一氏の巧みな解説と伊集院氏のコメントがよく効いて興味深く見ることができた。今朝その第4回目を見直してい…

エネルゲイア、それは「生命の躍動」を感じて生きること

岸見一郎氏の「嫌われる勇気」を読んで、終盤に出てくる「エネルゲイア」という言葉に注目しました。 このブログに書いている、「今ここ」「プレゼンスの持続」「マインドフルネス」「道」などとの共通性を感じましたが、今回は「生命(いのち)の躍動」との…

いま以上の何ものかになろうとしていないか

しばらく前から書き留めておきたいコンセプトがあって、それをどう表現しようかと思っていたところ、昨晩ヒュー・プレイサーの「わたしの知らないわたしへ」(中川吉晴、訳)の中から、「私は常にいま以上の何ものかになろうとしてきた」という一文を見つけ…

喜びの感覚をもって、不自由さと共に生きた人

本日はご多忙の中をMの葬儀にご参列いただきまして誠にありがとうございます。 親族、遺族を代表して一言ご挨拶申し上げます。 Mさん(享年83歳)は平成11年に脳梗塞を患いました。 そして、歩くことと話すことが不自由になり、しばらく歩行器を使っていまし…

「焦り」と対極にある「道」

昨年末、年賀状に個人的な関心領域の近況を何と表現しようかと考えて「プライベイトでは相変わらず『道』を探究していますが・・・」と書いた。 この『道』は老子の「道徳経」で語られる「道」に近いイメージで書いたのだが、最近、ミンゲールやティクナットハ…

調子を良くする「おーとっと」

年末から、自分にとって尊い(?)感覚をいくつか思い出していた。 中学の頃、卓球をしていた時のあの感覚。腹が入っていて、どこに打って来られても返せる感覚。映画「フォレスト・ガンプ」の卓球のシーンを見ると思い出す。そんな感じ、そんな感じだ。 小…

そのこと自体に喜びを伴っているか?

影絵作家である藤城清治さんの「光は歌い影は踊る」の中に、次のような文章がある。 木は生命の象徴といってもいいでしょう。・・・ その美しい木の葉を一枚一枚切り抜いていく。これが影絵制作の真骨頂です。・・・ 文字通り一枚一枚の葉を根気よく、ごまかすこと…