ウィルバー哲学に思う

「統合」の哲人ケン・ウィルバーにはじまり、仏教心理学的視点を取り入れたマインドフルネス、第三世代の認知行動療法ACT、そして近年ブームのアドラーまで、脳科学的なアプローチも加味し、心理哲学的な関心について綴っています。

マインドフルネスの日

今回はティクナットハンのThe Miracle of Mindfulnessという本から、「マインドフルネスの日」を紹介したいと思います。きっとマインドフルネスに対するイメージが広がると思います。(以下引用拙訳) A Day of Mindfulness 毎日、毎時間、人はマインドフル…

「焦り」と対極にある「道」

昨年末、年賀状に個人的な関心領域の近況を何と表現しようかと考えて「プライベイトでは相変わらず『道』を探究していますが・・・」と書いた。 この『道』は老子の「道徳経」で語られる「道」に近いイメージで書いたのだが、最近、ミンゲールやティクナットハ…

調子を良くする「おーとっと」

年末から、自分にとって尊い(?)感覚をいくつか思い出していた。 中学の頃、卓球をしていた時のあの感覚。腹が入っていて、どこに打って来られても返せる感覚。映画「フォレスト・ガンプ」の卓球のシーンを見ると思い出す。そんな感じ、そんな感じだ。 小…

そのこと自体に喜びを伴っているか?

影絵作家である藤城清治さんの「光は歌い影は踊る」の中に、次のような文章がある。 木は生命の象徴といってもいいでしょう。・・・ その美しい木の葉を一枚一枚切り抜いていく。これが影絵制作の真骨頂です。・・・ 文字通り一枚一枚の葉を根気よく、ごまかすこと…

なぜ、書道は、書「道」か?

昨夜、眠りにつく前に 書道がなぜ書「道」なのか? なぜ「道」がつくのかが分かった!と思った。 私は、道がつくものはタオへとつながるもの。 究極への道。タオへの道。 であると、もともと考えていた。 ラストサムライで剣の極意としてNo mindを学ぶシーン…

心を鏡のように用いる

「存在することのシンプルな感覚」の最後の章「常に現前する意識の輝くような明晰性」は本当にすばらしい。どこもいいのですが、今日は目撃者がどのように目撃するのか、を荘子の言葉を引用して書かれた部分があるので取り上げたいと思います。 (以下P364よ…