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ウィルバー哲学に思う

「統合」の哲人ケン・ウィルバーにはじまり、仏教心理学的視点を取り入れたマインドフルネス、第三世代の認知行動療法ACT、そして近年ブームのアドラーまで、脳科学的なアプローチも加味し、心理哲学的な関心について綴っています。

Witness(目撃者)

1/allではなく、all/allとして観るために

『〈仏教3.0〉を哲学する』のp218で藤田一照さんがいいます。 (以下引用) それで二つの自己というのを、すでに内山老師は言っていて、僕らは普通には1/all(オール分の1)という自分を自分だと思い込んでいるっていうんですよ。これが今までの議論だと平…

「自己ぎりの自己」とワン・テイスト

前回の続きです。 『〈仏教3.0〉を哲学する』p110に出てくる内山興正氏の描いた第5図について永井均氏はこう話されていました。 「わが生命」は中に入っていないで、外に出ているんです。その一員として何かヤリトリはしていないで、その様子を外から見てい…

〈私〉と、疑いようのない意識

ケンウィルバーの『存在することのシンプルな感覚』(The Simple Feeling of Being)は、訳者松永さんも言われたように最終章がたいへん素晴らしいのですが、私は「目撃者」とタイトルがふられた第1章にも大いにインスパイアーされました。その中に『〈仏教3…

〈自己=世界〉と「常に現前する気付きの意識」

『仏教3.0を哲学する』のp110、P111に描かれている第五図、第六図がとても興味深いです。この絵にあるような「自己ぎりの自己」すなわち〈自己=世界〉を実感を持って確立するためにはどうすれば、あるいは「どうあれば」いいのだろうかということを改めて考…

次元を行き来するヘキサキューブ、元旦の夢

新年あけましておめでとうございます。 元日に新しい会社の商号「経営マトリクス研究所」のマークの初夢を見た。これは正夢である。 2次元平面に描く正六角形(ヘキサゴン:hexagon)は、3次元の立方体(キューブ;cube)にも見えるという考えてみれば不思議…

人生への贈りもの、意識の野への贈りものに感謝して生きる

昨日は、娘の結婚式だった。素晴らしかった。感無量とはこのことを言うのだろう。 そして昨夜、2年前に何度も見たあの名作「素晴らしき哉、人生」が再放送されていたのでそのエンディング(自殺しようとしたジョージが天使に「彼が存在しなかった世界」を見…

無我とは本質なき実存、主体としての空

〈画像はintegrallife.comの Integral Mindfuinessより〉 藤田一照氏、永井均氏、山下良道氏鼎談『〈仏教3.0〉を哲学する』を見ております。 第1章に、「無我と本質と実存」という節があり、たいへん興味深く読ませていただきました。主に永井氏によるコメン…

生きかた「知縁」カフェ第3回についてのお知らせ

今年の9月25日に出版された3人の鼎談からなる『〈仏教3.0〉を哲学する』がとても面白いです!! このことを受けて、第3回の生きかた「知縁」カフェの3つ目のテーマとして、以下の内容を書き添えました。 「観察者としての自己」を取り上げ、藤田一照氏、永井…

第4回生きかた「知縁」カフェ

脳科学の視点を取り入れ、ウィルバー哲学、マインドフルネス、ACT、アドラー心理学などを横断的に学ぶ勉強会です。ソーシャルビジネスへの展開も視野に入れ、交流します。 【生きかた「知縁」カフェ第4回 内容】 ①今回のテーマ:最近のブログから「人類進化…

離れ内、重ね外

前回のブログで「離れ内、近く外(笑)」と書きました。長々と書き記したコンセプトを短い言葉で覚えやすいように、どう表現しようかと何回か修正したあげく、この表現に行きついたのでありました。 「はなれうち、ちかくそと」と読んでもらっていいのですが…

離れ内、近く外〜自己認識の変容〜

福は内、鬼は外 節分の豆まきの言葉であるが、家の玄関を境界として、幸福をもたらしそうなものはどうぞお入りください、不幸をもたらしそうなものはどうか外へ、という掛け声である。しかしながらそうすると、外の世界は鬼ばかりいる怖いところになってしま…

青空としてのわたし

このブログでいつも伝えたいと考えていることを「直球、ストライク!」という表現でタイトルになっている鎌倉一法庵住職の山下良道さんの著書「青空としてのわたし」を読みました。 良道さんはもともと曹洞宗僧侶でアメリガでの布教経験を経て、ミャンマーに…

スクリーンのような自己の本質

ウィルバーは著作の中で、映画のスクリーンを見ている観客の立場という喩えで、観察者としての自己(Witness)を解説していますが、前回紹介したスパイラのPresenceの中でも、自己の本質をスクリーンに喩えて解説している部分があります。 読んでみて、これ…

状態ではない静寂としてあること

ガンガジはその師であるプーンジャ(ラマナ・マハリシの弟子)から「止める」という教えを受けたといいます。 ガンガジの次の文章が大変印象的だったので紹介させていただきます。 (以下、the Diamond in your Pocketから引用) 私はよく、「どうすればこの…

非二元への扉、世界とぴったり重なっている私

まず、ウィルバーの「存在することのシンプルな感覚」の訳者あとがきで、松永太郎さんが書かれた文章を抜粋したいと思います。 (以下引用)この非二元への開眼は、恐ろしくシンプルで、誰にでも開かれている。徹底的に「平等」である。修行したり、勉強した…

概念としての自己をPRしている自分を見て笑おう

今回みていくのはACT(アクセプタンスコミットメントセラピー)の「観察者としての自己」です。ウィルバーのいうWitnessであり、目撃者、あるいは観照者と訳されています。このブログでは基本的に目撃者と書いてきました。これは、清水博先生のいう場所中心…

人生の繰り出してくる問いに意味を見出しながら生きる

生きていく意味が分かりません、生きていく意味があるのでしょうか?と、もし尋ねられれば自分はどう答えるだろうか。 1ヶ月ほど前の研修をきっかけに、ぼんやりとそんなことを考えていたのですが、山田邦男氏の「フランクルとの〈対話〉苦境を生きる哲学」…

観察者としての自己の成長

ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)を構成する6つの要素(注)のなかでは、「観察者としての自己」が最も重要なのではないかと思う。 「観察者としての自己」の視点が定着し成長するとどうなるのであろうか? ケン・ウィルバーの「存在する…

フローとマインドフルネス

このブログを読んでいただいている方からフロー状態とマインドフルネスな状態の違いについてコメント欄に質問がありました。ありがとうございます。興味深いテーマと思われましたので、以下に私の考えを書かせていただきます。 フローとマインドフルネスの違…

観察者としての自己による傾聴とヘルプ

ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)でいう『観察者としての自己』にとどまる(ウィルバーの表現では”Rest as the Witness”)ことが、ヘルプしようとする人の話を聴く姿勢としてもたいへん望ましいものである、ということがわかりました。 …

不快は追い払わず、息とともに観察する

ティクナットハンの「微笑みを生きる」(邦訳、池田久代)にはマインドフルネスのことが分かりやすく書かれています。 今回はその「感情の川」(p64)という節から、不快な感情とどう向き合えば良いかについて書かれている部分を紹介したいと思います。 (以下引…

自分はこんなものじゃない、と考えている自分

自分の中に、「自分はこんなものじゃない」と強く思っている自分がいる。 これはよい意味で、なのではなく悪い意味で、だ。 人に助言らしきことをいう機会があるが、そのときの自分の言動の中に、かなりの割合でそうした「自分はこんなものじゃない」という…

役割という分離にとらわれないでHELPする

中川吉晴さんの「ホリスティック臨床教育学」を読んでいてラム・ダスのことを知った。中川さんはラム・ダスのことをこう紹介している。 ラム・ダス(本名リチャード・アルバート)は、ハーバード大学教授をへたのち、インドで修業し、アメリカに帰国後は、瞑…

「無意識の回避」から「意識的な受容」へ

ACT(アクセプタンス・コミットメント・セラピー)の勉強を進めていて、あらためて思うのは、まず、われわれはネガティブな状況や出来事、そしてそれに反応する内面の現象を、無意識に避けようとする傾向があるということだ。 しかしそうではなく受け容れね…

マインドフルネスで包んだ後にくる洞察

ティクナットハンの「怒り」(岡田直子訳)を読んだ。 とても得るところが大きかったと思う。 恐れや怒り、不安、悲しみなどネガティブな感情(心的構成物)にどう向き合うか?が書かれていた。 その向き合い方はどの感情も同じだが、この本では特に人間関係を…

今日一日をどういう状態で過ごすか?Presenceの持続。

今日一日をどのように過ごすか?に答えを出したくて整理した。 一言でいうならば「Presenceを持続する」ことに尽きると思う。 右の図は、白く抜いている吹き出しが、マインドの働きである。 時間的にNowではないPastとFuture、空間的にHereではないthere、そ…

メンタルノイズを目撃する

“Eckhart Tolle & Sri Aurobindo”からトーレのいうEgoic Selfの特徴を見てきています。 Egoic Selfの特徴として上げられている項目は7つあります。 Fear―Insecurity Resistance―Complaining (既述) Needing Ever More―Desire(既述) Looking to the Next …

ウィルバーから日本の方々へのメッセージです!

ウィルバーからメッセージが寄せられたようです!うれしいですね。インテグラル・ジャパンのサイトから転載させていただきます。どのような境地でこの事に当たればよいかが伝わってきますね。 http://integraljapan.net/info/kw2011comment.htm 以下、鈴木規…

Absorptive−Witnessingその2、主客転倒せよ!

前回の続きです。 アイデンティティの最も高いStageであるAbsorptive−Witnessing段階の特徴の二つ目は、「目撃認知へのアクセスの増加」(Increased Access to Witnessing Cognition)です。P153のこの節を読み、これと関連したP77の「認知の発達ライン:ポ…

Absorptive−Witnessingその1、焦点を移行する

MARK D.FORMANのa guide to integral psychotherapyという本からP150「Stage6:Absorptive−Witnessing:段階、病理、同一化の特徴」という節を見ています。 (以下抜粋拙訳) ウィルバーは著述を通じてある考えを強調してきました。それは社会的規範を超え…

フロー状態とAttention

前回のブログで自己同一性の発達ラインの最も高い段階としてAbsorptive-witnessing があることをみました。Witnessについては今まで何度も取り上げてきましたが、Absorptiveについて理解を深めようとあれこれ見ていくうちに「フロー(flow)」に行きつきまし…

不動、不変の視点、龍とわたし

「わたくし、すなわちNobody」とは2007年に46歳の若さで、がんで亡くなった池田晶子さんの著作をマネジメントしているNPO法人の団体名称です。すぐれた文芸作品に対して「わたくし、すなわちNobody賞」を授賞することもしています。 知っているNPO法人…

困難な状況でも態度は選択できる

実存主義心理学者ヴィクトール・フランクルのいう「態度価値を実現する」とはまさに表題の「困難な状況でも態度は選択できる」ということです。前回のブログに通じる部分があります。 フランクルはアウシュビッツでの体験をもとに実存分析と意味による心理療…

実存的能力

実存的な能力については、ガードナーのいう多重知性の9番目の知能の候補であるExistential Intelligenceのことを4月14日のブログで取り上げました。 そして、先月末に出版された「インテグラル理論入門Ⅰウィルバーの意識論」(春秋社)の「第7章 インテ…

非‐時間、非‐空間としての「今、ここ」

眠る前にいつものように「存在することのシンプルな感覚」を読み返していて、「ここはちょっとマークしておかないと」と思い、さらに翌日、「そうか分かりやすいな、ここ」「原文はどう書かれているのかな」「いままで見たなかで一番完璧な『今、ここ』の説…

目撃者の視点を常に保つ Running as the Witness

前回のブログで取り上げたthe 3 Body Workoutでcausalなボディを一定に保ち、その上にsubtleボディとgrossボディを乗せていく一連の流れをみましたが、一体それはどんな感じかをもう少ししっかりとインプットしたくて、思いを巡らしました。動きを伴いながら…

気づくだけ Brief moments are just fine

いつだって 気づくだけ♪とは、平原綾香の歌うCircle Gameという曲で繰り返されるサビの部分の歌詞ですが、今年の抱負はまさに「気づくだけ」で行こうと決めました。 年末から年始にかけて、あれこれと思いを巡らせては、一念発起したいような衝動が、どうし…

Compassionate Exchangeはトンレンだった!

ILPのスピリット・モジュールで紹介されている5番目の瞑想の名称はCompassionate Exchangeです。単語だけから勝手にイメージし、あまり興味がもてず後回しにしていました。しかし、以下に紹介するように5行、10行と訳が進むにつれて、あれ、これって・・・トン…

感情に気づきエネルギーに昇華させる

前回取り上げたTransmuting Emotionのプロセスでは、シャドウになっていない本来の感情を変換する5つの手順が示されていました。簡単におさらいしてみますと、 気づく→ 緩和する → 中にある → 呼吸 → 昇華 となります。まず、青空を流れる雲のように、意識の…

3-2-1 Shadow Process+目撃者

ウィルバーのIntegral Life Practiceのコア・モジュールの1つであるシャドウ・モジュールを読み終えました。読み応え、十分!という感触です。 前半は、影の説明と3-2-1 Shadow Processを使ったシャドウ・ワークが、3つの具体例を織り交ぜながら解説されて…

見られるものは見るものではない、そして自由

見られるものは、見るものではない 最初にこの文を読んだときは、正直言ってどういう意味かよく分かりませんでした。 しかし、主体、客体という言葉に代えて読んでみると分かるようになりました。 見られる客体は、見る主体ではない さらに客体を対象という…

沈まぬ太陽と目撃者

山崎豊子原作、映画「沈まぬ太陽」を観て来ました。 そして「沈まぬ太陽」とは目撃者(Witness)ではないかと強く感じました。 恩地が、最初は左遷され、否応なく赴任したアフリカの大地ですが、 最後にはそこに強く惹かれる自分を認識します。 それは過酷な…

I AMマントラ瞑想

このI AMマントラ瞑想はILPの中で以下のような解説で始まります。 このガイド付き瞑想は、あなたを目撃者意識(witness consciousness)の中心に連れて行きます。あなたの生来の気づき(native awareness)、存在としてのシンプルな感覚(simple feeling of …

深い夢見のない眠りの中に現前するもの

Subtle Energyが意思的な心と肉体的な身体の間のミッシング・リンク(失われた輪)であるのに対し、Causal Bodyとは何であったか?目撃者(Witness)との関係は?などを知りたくて、ILPのボディ・モジュールの章の最後に出てくるResting in the Causal Body…

目撃者とは

目撃者は 心―身体の内側と外側に起こる出来事の流れを創造的に切り離された態度で見つめることである。 目撃者は ラマナ・マハリシが「私−私」と呼ぶものである。なぜなら、それは「個別のわたし」を意識できるが、それ自体は対象として見られることがないか…

アルケミストとしての目撃者

インテグラルジャパンの鈴木規夫氏の記事からヴィジョンロジックは3段階に分けられることを知り、インテグラル・スピリチュアリティの第2章「意識の段階」とあわせて吟味することで大変理解が進みました。 ヴィジョンロジックの第1段階はIndividualistです。…

死の「受容」段階と「目撃者」

キューブラー・ロスは終末期にある患者へのインタビューにより、死を受容するプロセスを「否認」「怒り」「取り引き」「抑うつ」「受容」の5段階にまとめています。 すべての人が受容の段階に到達して亡くなるということではない(「死ぬ瞬間」中央公論新社…

目撃者による実存的病理からの離脱

万物の歴史ではp294-p295を境に、進化の構造Ⅰではp414-p415を境にヴィジョン・ロジックの段階でおこる実存的病理からの突破(ブレイクスルー)の様子が描かれています。 進化の構造p413ではトルストイの言葉を引用してその苦悶を表現しています。 50歳になっ…

完全なる充溢

朝、瞑想をしていました。 坐ってすぐに額から、いつもの感覚が広がっていきました。 心がしゃべる小さな自分を目撃しようと、努めました。 気付いて目撃すると、おしゃべりは止まります。トーレの 書いている通りだなと思いながら、その思考も目撃し続けま…

観の目とKeep some within

「観の目強く見の目弱し、相手をうらやかに見るべし」とは宮本武蔵が兵法三十五箇条で書き記したことばですが、これは具体的にはトーレのKeep some withinを心がければよいのだということに思い至りました。 2006年07月30日(日)場所中心的自己のブログの中で…