ウィルバー哲学に思う

「統合」の哲人ケン・ウィルバーにはじまり、仏教心理学的視点を取り入れたマインドフルネス、第三世代の認知行動療法ACT、アドラーなど、複雑系や脳科学的なアプローチも加味し、心理哲学的な関心について綴っています。

Witness(目撃者)

Absorptive−Witnessingその1、焦点を移行する

MARK D.FORMANのa guide to integral psychotherapyという本からP150「Stage6:Absorptive−Witnessing:段階、病理、同一化の特徴」という節を見ています。 (以下抜粋拙訳) ウィルバーは著述を通じてある考えを強調してきました。それは社会的規範を超え…

フロー状態とAttention

前回のブログで自己同一性の発達ラインの最も高い段階としてAbsorptive-witnessing があることをみました。Witnessについては今まで何度も取り上げてきましたが、Absorptiveについて理解を深めようとあれこれ見ていくうちに「フロー(flow)」に行きつきまし…

不動、不変の視点、龍とわたし

「わたくし、すなわちNobody」とは2007年に46歳の若さで、がんで亡くなった池田晶子さんの著作をマネジメントしているNPO法人の団体名称です。すぐれた文芸作品に対して「わたくし、すなわちNobody賞」を授賞することもしています。 知っているNPO法人…

困難な状況でも態度は選択できる

実存主義心理学者ヴィクトール・フランクルのいう「態度価値を実現する」とはまさに表題の「困難な状況でも態度は選択できる」ということです。前回のブログに通じる部分があります。 フランクルはアウシュビッツでの体験をもとに実存分析と意味による心理療…

実存的能力

実存的な能力については、ガードナーのいう多重知性の9番目の知能の候補であるExistential Intelligenceのことを4月14日のブログで取り上げました。 そして、先月末に出版された「インテグラル理論入門Ⅰウィルバーの意識論」(春秋社)の「第7章 インテ…

非‐時間、非‐空間としての「今、ここ」

眠る前にいつものように「存在することのシンプルな感覚」を読み返していて、「ここはちょっとマークしておかないと」と思い、さらに翌日、「そうか分かりやすいな、ここ」「原文はどう書かれているのかな」「いままで見たなかで一番完璧な『今、ここ』の説…

目撃者の視点を常に保つ Running as the Witness

前回のブログで取り上げたthe 3 Body Workoutでcausalなボディを一定に保ち、その上にsubtleボディとgrossボディを乗せていく一連の流れをみましたが、一体それはどんな感じかをもう少ししっかりとインプットしたくて、思いを巡らしました。動きを伴いながら…

気づくだけ Brief moments are just fine

いつだって 気づくだけ♪とは、平原綾香の歌うCircle Gameという曲で繰り返されるサビの部分の歌詞ですが、今年の抱負はまさに「気づくだけ」で行こうと決めました。 年末から年始にかけて、あれこれと思いを巡らせては、一念発起したいような衝動が、どうし…

Compassionate Exchangeはトンレンだった!

ILPのスピリット・モジュールで紹介されている5番目の瞑想の名称はCompassionate Exchangeです。単語だけから勝手にイメージし、あまり興味がもてず後回しにしていました。しかし、以下に紹介するように5行、10行と訳が進むにつれて、あれ、これって・・・トン…

感情に気づきエネルギーに昇華させる

前回取り上げたTransmuting Emotionのプロセスでは、シャドウになっていない本来の感情を変換する5つの手順が示されていました。簡単におさらいしてみますと、 気づく→ 緩和する → 中にある → 呼吸 → 昇華 となります。まず、青空を流れる雲のように、意識の…

3-2-1 Shadow Process+目撃者

ウィルバーのIntegral Life Practiceのコア・モジュールの1つであるシャドウ・モジュールを読み終えました。読み応え、十分!という感触です。 前半は、影の説明と3-2-1 Shadow Processを使ったシャドウ・ワークが、3つの具体例を織り交ぜながら解説されて…

見られるものは見るものではない、そして自由

見られるものは、見るものではない 最初にこの文を読んだときは、正直言ってどういう意味かよく分かりませんでした。 しかし、主体、客体という言葉に代えて読んでみると分かるようになりました。 見られる客体は、見る主体ではない さらに客体を対象という…

沈まぬ太陽と目撃者

山崎豊子原作、映画「沈まぬ太陽」を観て来ました。 そして「沈まぬ太陽」とは目撃者(Witness)ではないかと強く感じました。 恩地が、最初は左遷され、否応なく赴任したアフリカの大地ですが、 最後にはそこに強く惹かれる自分を認識します。 それは過酷な…

I AMマントラ瞑想

このI AMマントラ瞑想はILPの中で以下のような解説で始まります。 このガイド付き瞑想は、あなたを目撃者意識(witness consciousness)の中心に連れて行きます。あなたの生来の気づき(native awareness)、存在としてのシンプルな感覚(simple feeling of …

深い夢見のない眠りの中に現前するもの

Subtle Energyが意思的な心と肉体的な身体の間のミッシング・リンク(失われた輪)であるのに対し、Causal Bodyとは何であったか?目撃者(Witness)との関係は?などを知りたくて、ILPのボディ・モジュールの章の最後に出てくるResting in the Causal Body…

目撃者とは

目撃者は 心―身体の内側と外側に起こる出来事の流れを創造的に切り離された態度で見つめることである。 目撃者は ラマナ・マハリシが「私−私」と呼ぶものである。なぜなら、それは「個別のわたし」を意識できるが、それ自体は対象として見られることがないか…

アルケミストとしての目撃者

インテグラルジャパンの鈴木規夫氏の記事からヴィジョンロジックは3段階に分けられることを知り、インテグラル・スピリチュアリティの第2章「意識の段階」とあわせて吟味することで大変理解が進みました。 ヴィジョンロジックの第1段階はIndividualistです。…

死の「受容」段階と「目撃者」

キューブラー・ロスは終末期にある患者へのインタビューにより、死を受容するプロセスを「否認」「怒り」「取り引き」「抑うつ」「受容」の5段階にまとめています。 すべての人が受容の段階に到達して亡くなるということではない(「死ぬ瞬間」中央公論新社…

目撃者による実存的病理からの離脱

万物の歴史ではp294-p295を境に、進化の構造Ⅰではp414-p415を境にヴィジョン・ロジックの段階でおこる実存的病理からの突破(ブレイクスルー)の様子が描かれています。 進化の構造p413ではトルストイの言葉を引用してその苦悶を表現しています。 50歳になっ…

完全なる充溢

朝、瞑想をしていました。 坐ってすぐに額から、いつもの感覚が広がっていきました。 心がしゃべる小さな自分を目撃しようと、努めました。 気付いて目撃すると、おしゃべりは止まります。トーレの 書いている通りだなと思いながら、その思考も目撃し続けま…

観の目とKeep some within

「観の目強く見の目弱し、相手をうらやかに見るべし」とは宮本武蔵が兵法三十五箇条で書き記したことばですが、これは具体的にはトーレのKeep some withinを心がければよいのだということに思い至りました。 2006年07月30日(日)場所中心的自己のブログの中で…

心を鏡のように用いる

「存在することのシンプルな感覚」の最後の章「常に現前する意識の輝くような明晰性」は本当にすばらしい。どこもいいのですが、今日は目撃者がどのように目撃するのか、を荘子の言葉を引用して書かれた部分があるので取り上げたいと思います。 (以下P364よ…

ケンタウロスとuncontrollable

ウィルバーの「意識のスペクトル」では、ペルソナと、投影された影を統合して健全な自我を回復した後、自我(心)と身体とを統合してケンタウロス(心身統合体)に至ります。これは無境界(非二元、統一意識)に向かう途中のアイデンティティ拡大の1プロセス…

無意識の思考に気づく

2007年03月03日(土)のブログ「呼吸を日常生活の気づきに利用する」でも少し触れていますが、無意識に頭がしゃべっている、その思考に気づくこと、気づきを入れることがとても大切です。 忙しい時ほど、あるいは追詰められた時ほど、気づきを入れるべきでしょ…

One Tasteに入るには

以下はケン・ウィルバーのThe Simple Feeling of Being「存在することのシンプルな感覚」の第一章目撃者からの抜粋です。 目撃者(Witness)はすべてのものから解放された大いなる「自由」、「解放」として全てのものの背景(a great background)としてのみ…

「空」とキャンバスと本当の自分

ケンウィルバーの著作の中で最も好きな 「存在としてのシンプルな感覚」の終盤、第7章〜第9章はよかった。 たぶんもう3回は読んだと思いますが、本当にいいです。 その中で、龍樹の それは空でも、空でないものでもない。 その両方でも、その両方でないので…

光明遍照と錬金術

お経の時に出てきます 光明遍照十方世界 という言葉が以前から気になっていました。 調べてみると「観無量寿経の一節。 このあとに『念仏衆生 摂取不捨』と続く。 阿弥陀仏の光明は全世界を遍く照らし、 念仏を唱える衆生を残らず救い取るの意」とあります。…

空って・・・

以前から思っていたのですが、般若心経で説明されるところの「空」とケンウィルバーが書いている「空」は違うような気がします。本当は同じなのかもしれません。空が違うということ自体、空が非二元であることから矛盾しているといえますが、異なる説明がさ…

1分間自己革命と目撃者の共通点

10年ぶりにスペンサー・ジョンソンの「1分間自己革命」を読みました。 1日に何回か立ち止まって、1分間を「自分を大切にするためにできることは何か」と問うことの効果について書かれています。 「Stillness speaks」 や「場所中心的自己」と同じことが…

場所中心的自己

清水博著「生命知としての場の論理」〜柳生新陰流に見る共創の知〜という本の中に場所中心的自己という言葉が出てきます。(以下引用) 日本の古武道(その典型的な例が上泉伊勢守を流祖とする柳生新陰流です)が日本の貴重な文化遺産であると私が思っている…