ウィルバー哲学に思う

「統合」の哲人ケン・ウィルバーにはじまり、仏教心理学的視点を取り入れたマインドフルネス、第三世代の認知行動療法ACT、アドラーなど、複雑系や脳科学的なアプローチも加味し、心理哲学的な関心について綴っています。

禅 ZEN

映画「禅 ZEN」を見てきました。大谷哲夫「永平の風 道元の生涯」(文芸社刊)が原作です。

内田有紀ふんする「おりん」が、乳飲み子が死にそうだと、道元のもとに駆けつけた時、道元が言った言葉・・・、そしてそのあとの一連のやりとりは前半の山場です。

そして後半では、鎌倉で夜な夜な怨霊に悩まされる北条時頼を救うべく道元は駆けつけ、命を懸けた問答を行います。そして只管打坐。

なんだか、ずっと涙が流れていた気がしました。

喜びも苦しみも涙も…。あるがままに。 が映画のキャッチコピーですがこの「あるがまま」は、12月30日「One Tasteに入るには」でとりあげた「ありのままにまかせよ(let it be)」および「世界をありのままに見る」に通じるものがあるな、と感じました。

道元が入滅し、映画の最後は正法眼蔵の現成公案の言葉で締めくくられました。

仏道をならふといふは、自己をならふ也。
自己をならふといふは自己をわするゝなり。
自己を忘るゝといふは、万法に証せらるゝなり。
万法に証せらるゝといふは自己の身心および
他己の身心をして脱落せしむるなり。
悟迹(ごしゃく)の休歇(きゅうけつ)なるあり、
休歇(きゅうけつ)なる悟迹(ごしゃく)を長々出ならしむ。

下二行まで流れたかどうか記憶が定かではないですが、ちょうどここの意味がウィルバーの『存在することのシンプルな感覚』の原書The Simple Life of BeingP147で取り上げられていたので紹介します。

To study Buddhism is to study the self.
To study the self is to forget the self.
To forget the self is to be one with all things.
To be one with all things is to be enlightened by all things,
and this traceless enlightenment continues forever.

いかがでしょう。日本語のどの解説を読むよりもシンプルで分かりやすいと思いませんか。