ウィルバー哲学に思う

「統合」の哲人ケン・ウィルバーにはじまり、仏教心理学的視点を取り入れたマインドフルネス、第三世代の認知行動療法ACT、そして近年ブームのアドラーまで、脳科学的なアプローチも加味し、心理哲学的な関心について綴っています。

自分の見解に同一化しない

目撃者にとどまり、自分のエゴをみることは頭で思うほど簡単ではありません。

特に、対人関係のなかで生じ、大きな感情が揺れ動くようなケースではそのエゴが始動を始めたところに、すかさず気づきを入れることはなかなかできないものです。
トーレのニューアースP78-P89に次のような節があります。

正しいか、間違っているか

不満はエゴの糧になる優越感を与えることによってエゴを強化する。
実は不満を言っているときは、自分が正しくて不満や拒否反応の
対象である人や状況は間違っていると暗黙のうちに想定しているのだ。
自分が正しいという思いほど、エゴを強化するものはない。
「正しい」というのは、ある精神的な立場―視点、見解、判断、物語―
と自分を同一化することだ。

  幻想の防衛

ある一つの見解に自分を同一化すると、自分自身という幻想、
心が創り出した自分の代替物を防衛しようする。
気づきによってのみ、事実と見解の違いを見分けることができる。
一つの見方から解放されて状況や人の全体が見えてくる。

  平和と波乱、どちらを望むか?

誰かがあなたを非難した、あなたを認めなかった・・・
そのときあなたは
自分の中で怒りや敵意の仮面をつけた恐怖が盛り上がってくるのに
気づけるか?言い換えれば、無意識が発動した瞬間にその事実に
気づけるだろうか?(引用ここまで)

  そのような感情のうねりが生じ始めたとき、「おっと、はじまった」「これは私が自分の見解に同一化しているから腹が立つんだ」と気づける訓練をしていきたいと思います。

大切なのは抑圧ではなく気づきです。