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ウィルバー哲学に思う

「統合」の哲人ケン・ウィルバーにはじまり、仏教心理学的視点を取り入れたマインドフルネス、第三世代の認知行動療法ACT、そして近年ブームのアドラーまで、脳科学的なアプローチも加味し、心理哲学的な関心について綴っています。

LET IT BE

Let it goまたはLet it be エックハルト・トール

LET IT BEという言葉は中学生のときからビートルズで知り、よく聞き、また歌ってもいました。しかし、LET IT BEにこんな深遠な意味があると知ったのは最近です。

ビートルズの曲の中でも whisper words of wisdom "let it be~"♪と歌われることから知恵の言葉なのだと想像がつきます。

トーレの「スティルネス スピークス」の和訳P188、189にこんな文章があります。(〔let it be〕は私が挿入)

「わたしの一部」と無意識のうちに思い込んでいたものが失われるとき、・・身を切られるような苦痛をともなうかもしれません。・・「喪失」によって、痛みや寂寥感を感じたときにはその感情を否定したり、無視したりしてはなりません。

かわりに自分が感じているものを、ありのままにうけいれるのです。〔let it be〕

それと同時に、喪失という出来事に基づいて、自分を被害者に仕立てて「ストーリー」をでっちあげようとする、心の作用に気づいてください。怒り、恐れ、憤怒、自己憐憫といった感情がこみ上げてきたら、自分に被害者役をあてがっているサインです。

ストーリーとそのような感情の背後に何が潜んでいるかに気づきましょう。そこにあるのは心にぽっかり空いた穴、空っぽのスペースです。

このつかみどころのない空虚な感覚と対峙し、それを受け入れることができますか?それができたなら、心の穴は、もはやあなたにとって、敵ではありません。・・

 

またP192P193には

臨終の間際になると、深い平和に包まれ、まるで溶解していく形態を通過して光が輝くように、ほとんどまばゆいくらいになる人たちがいます。
・・・そのような人たちと見つめ合うと、瞳の奥に輝く光が見えることもあります。・・彼らはすでに放下の境地にあるので、心がこしらえるエゴ的な「わたし」「個我」はもう溶け去ってしまったのです。

そのような人は「肉体の死の前に死んだ」のであり、自分の中の「不死」に気づくことによって深い安らぎを内に見いだしたのです。

・・肉体の死の目前と「死」のプロセスの最中には、意識が形態から解き放たれる自由を経験します。・・そこに残るのは心の平安と「死とは形態の喪失に過ぎず、すべてはありのままでいいのだ〔let it be〕」という悟りです。

・・死はかつて「わたし」とみなしていた形態と同じように、究極的には幻に過ぎない、ということに気づくのです。
(引用ここまで)


「喜びも苦しみも涙も…あるがままに」が映画「禅」のキャッチコピーでしたが、この「あるがままに」はlet it beと同じでしょう。

メル・ギブソンは映画ブレイブハートで自由のために拷問に屈しない男を演じましたが、自ら製作監督をした「パッション」では受け入れることで事を成すイエスの熱情を表現しようとしたのではないでしょうか。前者は抵抗ですが後者は受容、放下、let it beです。

Let it beはやはり智慧の言葉だったのです。