ウィルバー哲学に思う

「統合」の哲人ケン・ウィルバーにはじまり、仏教心理学的視点を取り入れたマインドフルネス、第三世代の認知行動療法ACT、アドラーなど、複雑系や脳科学的なアプローチも加味し、心理哲学的な関心について綴っています。

無意識の思考に気づく

2007年03月03日(土)のブログ「呼吸を日常生活の気づきに利用する」でも少し触れていますが、無意識に頭がしゃべっている、その思考に気づくこと、気づきを入れることがとても大切です。

忙しい時ほど、あるいは追詰められた時ほど、気づきを入れるべきでしょう。

トーレのニューアース第2章P40に「頭のなかの声」という節があり、ロンドン大学時代に初めてアイデンティティの移行を体験したときの話が書かれています。(以下抜粋) 

あるとき地下鉄で30才代はじめとおぼしき女性が向かいに座った。・・彼女の両隣には誰も座らない。・・休みなく独り言を言っている。自分の頭のなかの考えに夢中で、周りの人々にも状況にもまったく気づいていないらしい。・・・(そのころ私は)人間存在のジレンマに対する答えはすべて知性を通じて、つまり思考によって見出すことができると信じて疑わなかったのだ。気づきのない思考こそが人間存在の主たるジレンマであることを悟っていなかった。・・
トイレに入ったときも考え込んでいた。手を洗いながら、あんなふうになったらおしまいだよな、と思った。すると隣にいた男性がちらっとこちらを見た。私は自分も口に出していたことに気づいて愕然とした。なんてことだ!もうすでに同じだ。・・一瞬、私は自分の心から離れてもっと深い視点から自分を見ていた。思考から気づきへの瞬間的な移行だった。・・(鏡を見て)声を上げて笑った。・・それは恰幅のいい仏陀の笑いだった。・・その気づきが再び戻ってきたのは自殺の瀬戸際まで行った後のことだったが、今度の気づきはつかの間で消えはしなかった。私は衝動的な思考と心が創り出した間違った自己意識から解放された。(抜粋ここまで)

 
このように無意識の思考に気づくことは目撃者(Witness)に身をおくことになります。「おーとっと」と気づいた瞬間、空を流れる雲を見るように、心を流れる思考を見たのです。

思考との同一化を離れることで、なぜか余裕ができます。息がふうっと出ます。肩の力が抜けます。忙しいときほど実はこの気づきを入れた方が効率はよくなるのです。「耳を澄ますStand Still」同様、日常的に心がけたいと思いました。