ウィルバー哲学に思う

「統合」の哲人ケン・ウィルバーにはじまり、仏教心理学的視点を取り入れたマインドフルネス、第三世代の認知行動療法ACT、アドラーなど、複雑系や脳科学的なアプローチも加味し、心理哲学的な関心について綴っています。

スピリチュアル知性と「レベルとラインの混同」

ウィルバーのインテグラル・スピリチュアリティの第9章「コンヴェア・ベルトとしての宗教」のなかに「レベルとラインの混同」という節があります。言葉を拾って要約するとほぼ以下のように書かれています。

 

スピリチュアルな知性の「オレンジ」またはそれ以上の高度なレベルを獲得可能にすることが解決策である。・・・
近代性(モダニティ)の勃興とともに神話的な神は完全に放棄された。・・神話的なレベルに反発するあまり、スピリチュアルなラインもすべて投げ捨て・・高度の段階の抑圧が開始された。・・
意識のそれぞれの段階は、・・4つの多重知性にまとめることができる。すなわち認知、美、スピリチュアル、倫理などの知性である。・・近代性がスピリチュアル知性の神話段階をスピリチュアル知性そのものと混同し、その結果としてスピリチュアル、あるいは宗教に見えるものは、すべて嘲笑の対象となった。・・ラインのある段階をラインそのものと混同する、という間違いである。この混同が起こると・・あるレベルが軽蔑された場合、そのライン全部が軽蔑される。・・そのラインのそれ以上の発達は、ほとんど阻止され・・その知性の抑圧が起こる。逆にあるレベルが愛される。・・すると・・固着が起こる。・・軽蔑されたレベルを押しやろうとはせず、逆に強迫的に、そのレベルを追い求め、いつもそればかり考えるようになる。・・
抑圧の場合は・・否定されたスピリチュアルな衝動は、他者に投影され反同性愛運動のように自分自身の影を攻撃する。・・強迫的にあらゆるスピリチュアルな企てに反感をもち、・・非合理でくだらないと考え・・やがて科学が宗教に宣戦を布告するのを見る。
固着の場合、特定のレベルが非常に称賛される。・・皮肉なことに・・それ以上のレベルが出現しようとすると、それを抑圧してしまう。・・より高度のスピリチュアルな衝動を他者に投影する。そして、これら高度のスピリチュアルなレベルを反スピリチュアルなものとみなすのである。・・神話段階以上の科学も宗教もともに否定し・・神話的な宗教が科学(とリベラルな世界)に宣戦布告している。(引用ここまで)

 


そして「世界を覆う、この鋼の天井、世界の人口の7割がその(圧力鍋の)なかで煮られており、テロリズムの爆発がその典型的な症状である。」と続く節で書かれています。ハンチントンの「文明の衝突」とは異なる観点で興味深く読みましたが、ははあ〜と気づきました。


日本でオウムの事件が起こったのも、苫米地英人のいうスピリチュアリズムがはびこるのも、同根の構造的問題からなのです。さらにいうと、緩和医療がケアの対象とする「4つの苦痛(ペイン)」のうち、もっとも対応が難しいのがスピリチュアル・ペインである理由も同じこの構造的要因「ラインとレベルの混同」からきているのであり、これらの解決策も「スピリチュアルな知性のオレンジ、またはそれ以上の高度なレベルを獲得可能にすること」にヒントがあるのではないでしょうか。