ウィルバー哲学に思う

「統合」の哲人ケン・ウィルバーにはじまり、仏教心理学的視点を取り入れたマインドフルネス、第三世代の認知行動療法ACT、アドラーなど、複雑系や脳科学的なアプローチも加味し、心理哲学的な関心について綴っています。

発達とは人類の進化を辿ること

前回は、いくつかの発達ラインを見てきましたが、そのなかでも格別に役に立つラインとして取り上げられているのがWorldview世界観のラインです。世界観のスペクトルの節(ウィルバーのIntegral Life Practice p90-)では次のように解説されています。(以下、引用拙訳)

INFRARED−Archaic Worldview 古層的世界観

生存はたゆまぬ使命で古層的世界観の目的です。基本的な生存本能が支配し、食べ物、水、安全、暖かさなどの必需品を獲得することが目的となります。世界は識別できない感覚活動のかたまりに見えます。生まれたての幼児―最初の人類のような―は古層的な世界観を持ち、彼ら自身と世界の間の分離がありません。

  MAGENTA―Magic Worldview 呪術的世界観

呪術的な世界観では、主体と客体が部分的にオーバーラップし、その結果、岩や川のような「生命のないモノ」でも、生きていて魂さえ持っているように直接感じられます。神聖な場所、もの、儀式、出来事、物語が世界に影響を与え、そしてそれ故それらは常にあてにされ保護されるべきものなのです。通行や季節の循環のための儀式を含めて、部族の慣例が古代の先祖から伝えられます。
 外敵に耐え、外敵から守るために、部族内の結びつきと同一化(融合)によって安心と安全が求められます。忠誠と称賛がチーフや両親、先祖、風習、一族に送られます。呪術的なしるしや力強い精神的存在への願望が部族の安全と安寧が続くようにと引き継がれるのです。

  RED−Power Worldview 力の世界観

この世界観は、部族から区別した自己感覚(エゴ)の出現を明示します。 しかしながら、それは支持されているグループのためにしばしば衝動的な行為をとることがあります。自身を世界の中心(自己中心主義的)として見、レッドの個人化された自己は早急に求め、その欲求と願望を性急に満たそうとします。「私に関してが全てである」レッドの世界観をもった人は未来の計画を持たず、むしろ衝動的に今彼らがやりたいことをします。
 レッドはそれ自体を、自身の英雄的探求の中心として見ています。それは強力な神、神性を含み、人々に自分を考慮すべきことを強要します。人生は略奪者と餌食となる犠牲者の野生のジャングルです。脅威を避けて生き残るために、自分のパワーを発揮する、あるいは、強力なリーダーを求め、彼の下に整列します。レッドはジャングルの格言である「適者生存」によって生き、そして死にます。脅迫と支配がレッドのやり口です。しかしもしあなたが弱い個人あるいはグループであったなら、しばしば部族軍の長あるいはリーダーにおとなしく従うほうが、あなたに役立つでしょう。保護そして略奪品の分け前と引替えに、支配的な力の構造においてあなたの立場を受け入れて。

AMBER−Mythic Worldview 神話的世界観

神あるいは神話の神々の世界観は、深く感じられるパワーとして統治します。そのパワーは男と女のこの世の関心事に直接手を下すものです。血統や親類関係によるだけの結び付きの代わりに、異なる部族や一族の個人が同じ神を信じることができ、そのことで一つの神のもとでの兄弟姉妹として全員が結びつくのです。
 かれらは一緒に平和に暮らすことができます。定着した生活のあり方を維持し、安定を促進するというルールのもとに。各々の個人は神と国のために犠牲を払わねばなりません。それが、人生に秩序と意味を与えるのです。私たちの犠牲と受難は名誉となります。レッドの暴力と無秩序はこの秩序ある世界を脅かします。秩序と善は厳格な法律、強い警察、そして軍隊を頼ります。これらの人々は英雄です。よく働き、規則に従い、社会の義務を実行する者はすべて名誉があります(尊敬されます)。規則が人生に明確で絶対的な意味、方向、目的を与えます。そこにはより高い、従わねばならない原則が存在します。みんなは社会の妥当な地位にいて、法律と宗教的な戒律によってまとまっています。保守的、伝統的なアンバーの世界観は秩序、同一パターン、慣例を重んじます。白黒のはっきりした自民族中心主義的な視点が優勢です。あなたは信者あるいは不信心者、聖徒あるいは罪人、私たちと一緒あるいは私たちに反対のどちらかです。権威が正しく生きる真実の道を指し示します。罪は訓練された伝統的忠誠心、しっかり確立された方法によって衝動的に操作されます。犠牲と今日の安定が将来の報いを保証します。一つの真実の道の規則に勤勉に従う者の前途に、輝かしい天国が控えています。

  ORANGE−Rational Worldview 合理的世界観

オレンジ、近代の合理的世界観は、グループへの忠誠心を遮断し、全ての人間にとっての普遍的なシステムと原則を適用する、最初の本当の意味での世界観です。全てに対する平等、自由、公正の考えがオレンジからきています。モダニティの歴史が証明しているように、オレンジは進歩、成功、独立、達成、地位、裕福を得ようと努力します。未来は伝統によって、前もって決まっているのではなく、所定の位置に固定されているのでもありません。今日、目標志向の行動をとることによって、新しい明日が創造されるのです。オレンジはアイデアと機会の競争市場で勝つためにプレーします。勝利は戦略、計画、ベストの解決策を検証することを通してもたらされます。科学的方法がオレンジの信念の良い例です。それは、主観的領域は基本的に客観的領域からは分離しているというものです。オレンジの科学技術面の現象的な成功が世界中の物質的な生活水準を高めます。

  GREEN−Pluralistic Worldview 多元主義的世界観

グリーンの世界観はオレンジの単一的なシステムの外側に立つことができ、多様な眺望ポイントから見ることができます。グリーンは深さの判断ができないことから、多元主義平等主義が最も適当な回答になります。万物は全体の生命の織物のなかで等しく相互連結しています。グリーンは代替の、少数派の、過小評価された声を「主流に戻そう(demarginalize)」と動きます。多元主義的世界観は視点の多様性に対し、平等な認識をしようと試みます。
 グリーンは1960年代に世界的に知られるようになりました。本当にその時の主要な社会革命は、環境運動のムーブメントからホリスティックヘルス、そしてヒューマン・ポテンシャル・ムーブメントまですべて、グリーンの足跡を残しています。グリーンの多元主義的感性の強い意識が水平線を走ることへと駆り立てます。誰も傷つけることはできない、そして誰も除外することはできない、という確信の水平線です。政治的な正当性、コミュニティの強調、意思決定過程の合意などが結果として尊重されます。(引用、拙訳ここまで)

 
(このあとにもさらに3つの帯域の世界観が紹介されていますが、それは次の機会に触れるとして、)これらの世界観を見ると、ネアンデルタール人卑弥呼→戦国時代→封建時代(中世)→近代→60〜70年代 というようにまさに人類の歴史を辿っているなあ、とあらためて実感しました。

発達とはまさに進化だということです。個人における発達は人類の進化を辿ることだということです。私たちは自分(自分たち)とは異なる世界観の人々をみると、そのようなタイプの価値観の人という言い方をすることがあります。

しかし実はそれは(水平的な)タイプではなく、垂直的な発達段階であったのです。青虫と蛹と蝶をみて3つのタイプの人がいると言っていたに等しいのです。

もちろん前回のサイコグラフで見たように、人によってそのパターンは異なるので、ラインとレベルの組み合わせから生じる多様性があります。しかし、発達段階の違いであった場合でも、水平的な相違として片付けてしまっていたのです。

世界観の違いを発達段階(進化の段階)のどこにいるからなのか、例えば、彼はいま戦乱時代の豪族の首領にいる、彼女はいま中世ヨーロッパの地域のしきたりに縛られている、いまの彼はフォレストガンプの彼女と同じだ、というように見ることができることで、むしろその世界観を包み込むことができるようになります。自分自身もそれを含んで超えてきたのですから。

この節の最後にすばらしい文章がありましたので紹介して終わります。(以下引用、拙訳)

私たちは、それぞれの世界観のレベルに対する認識を忘れないようにし、誇りにさえ思うべきです。それぞれのレベルは意識の進化のなかで不可欠な役割を果たしてきましたし、果たし続けるのです。それぞれの世界観は発達のスパイラルの中で時間と場所を与えられ、すばらしい有効性を機能させてきましたし、させ続けます。考えてみてください。記述されてきた世界観はどれもこれもことごとく―人類の過ぎ去った文化的ないくつかの時点において―革命的に、リードする先端で、輝かしく前方に創造する飛躍であったことを。