ウィルバー哲学に思う

「統合」の哲人ケン・ウィルバーにはじまり、仏教心理学的視点を取り入れたマインドフルネス、第三世代の認知行動療法ACT、アドラーなど、複雑系や脳科学的なアプローチも加味し、心理哲学的な関心について綴っています。

出身地の言葉で話しかける Integral Communication

ILPのマインド・モジュールの終盤でIntegral Communicationについて書かれた節What Perspective Are You Coming From?(p113)があります。大変重要なことが記されていると思いましたので要点を紹介させていただきます。(以下引用、拙訳)

多様性内統一(unity-in-diversity)の地図と同時に、AQALは私たちが互いにやっているクレイジーなこと、そしてその人々を理解するのに役立ちます。・・・AQALを学ぶことは、複数の視点を取る能力、私たち自身がもう一方の靴を履く能力、質問をする能力を強化します。その質問とは、「この人はどこから来たのか?」「彼らはどの象限の視点に焦点を合わせているのか?」「彼らが操作している意識の高度は何か?」「発達のどのラインが目立って強いか、弱いか?」「彼らは何の状態にいるか?」「彼らの個性のタイプは?」です。私たちが、ある人がどこから来た人なのかを理解すればするほど、私たちは彼らと関係でき、もっと調和を創造することができます。・・・人々がどこから来たのかの統合的な理解を研ぎ澄ますことは、葛藤を解消するのに必ずしも必要ではありませんが、それは直面する葛藤に対して、私たちがより知性的で、適切な対応を取るのに役立つでしょう。
 政治は完璧な一例です。米国の政治システムでは、共和党員はアンバー−オレンジ高度(より保守的、伝統的、自民族中心主義的、そして宗教的)で活動する傾向があり、民主党員は通常、オレンジ−グリーン世界観(より進歩的、世界中心主義的、多元主義的)の出身です。つけ加えると、共和党員は多くの社会問題の背景にある中心的な原因として、個人的なモラルの欠陥、卑しむべき決定、動機の欠如を指摘します(左上象限)。民主党員は、しばしば不公平なシステムにおける社会的欠陥を非難します(右下象限)。・・・
 二つのAQAL要素(象限とレベル)を使うことは、党派の政治を、危険な限界のある争い、そして部分的な真実として見ることを即座に容易にしてくれます。それはまた、なぜいくつかの政治的提言がそんなに意見が分かれるのか(アンバーとグリーンの党派の翼は異なる象限に焦点を合わせている)、なぜ、その他はまったく同じように見えるのか(両方の党派はオレンジの世界観を共有している)を素早く明らかにします。・・・
 大統領であろうと隣の住人であろうと、もし、誰かがあなたに賛成しないなら(例えば政治、宗教、芸術、経済の事柄で)、それは彼らが特定のラインにおける意識のレベルが異なっているから(高いか低いか)かもしれない、ということを理解するのは、すばらしい解放です。これは、あなたがどんなに一生懸命やろうとも、なぜ彼らをあなたに賛成させられないのか、を理解するのに役立ちます。発達の断絶は、他の人と文字通り頭ごなしに話す時に起こります。部族の将軍と合理的に民主主義を議論しましょう。あるいは、5歳児と量子物理学のすばらしい点を討論しましょう。原理主義者に多くの異なる宗教は同じスピリチュアルな山を登る道であることを確信させる幸運を。土曜の夜を過ごすのにもっと良い方法があるでしょう!?
 AQALの枠組みを深く理解し、実践すればするほど、効果的に他者とコミュニケーションすることができるようになります。あなたが本当にもう一人の人がどこから来た(どこ出身)のかを認識するとき、あなたはその人の価値観と関心に、彼らに理解できる言葉(5歳児に量子物理学ではなく)で語りかけることができます。
 統合的なコミュニケーションには、次のような方法の適用と変換が含まれています。あなたが他の人の個性タイプ(神経質な言葉、直感的な言葉のような)に話しかける方法、他の人の状態state(高揚したことば、悲哀のことばで)に話しかける方法、他の人が焦点を合わせている象限quadrant(We言語、It言語で)に話しかける方法、他の人のライン(音楽用語、数学用語)に話しかける方法、他の人のレベル(アンバーの言語、グリーンの言語)に話しかける方法。あなたの本物の自己はじっと静止したままなので―それは簡単な仕事ではないでしょうが、極めて報いのある努力であることを、私たちは確認しています!(拙訳ここまで)

このように相手に合わせて話をすることは無意識にはこれまでもやっていたと思います。仕事仲間とはヴィジョンロジック言語を多く使い、アンバーの田舎の叔父やいとことは、彼らのモラルのラインが慣習的段階にあるので、それにあわせて話し、20才前後になった子どもたちとはここ数年オレンジで会話するという感じです。しかし、あくまでも無意識でしたのでこれを、AQALの5つの構成要素(象限、レベル、ライン、タイプ、状態)を意識しながら会話するというのは、大変意義深く、書かれているように「極めて報いのある努力」であると想像することができます。

いくつか目を引いた表現を上げておきますと・・・

「実践はしばしば、私たちが人々を見つけたその場所で彼らと会合し、彼らが理解する言葉で話すことを学習するという形態をとります。」(p81)

「自己中心主義的な人が世界中心主義的な世界観へと発達するのに10年かそれ以上かかるかもしれません。そのときまで、彼は決して世界中心主義的な議論の根拠に賛成しないでしょうし、本当に理解さえもしないでしょう。」

「私たちは常にyesとは言えないけれど、より統合的な理解によって、より偉大な相互理解と革新的な決意に対する開けをもって、noに到達することができます。」

「ポスト慣習的、世界中心主義的か、それより高い世界観からのみ、個人はグローバルな視野で、環境の危機、AIDSの流行、国際的貧困、世界飢餓との密接な関係を認識します。」

「本当の挑戦とは、それから、すべての人のための居場所をつくることです。」

この最後の文章を見て2月19日のブログでも取り上げたインテグラル・スピリチュアリティの第9章「コンヴェア・ベルトとしての宗教」を思い出しました。「世界を覆う、この鋼の天井、世界の人口の7割がその(圧力鍋の)なかで煮られており、テロリズムの爆発がその典型的な症状である。」とは、居場所のないことから生じる問題とも考えることができるでしょう。

身近な会話から、医療者と患者の会話、そしてグローバルな問題で政府がどのように他国と対話するのかまでIntegral Communicationを意識してみたいと思います。