ウィルバー哲学に思う

「統合」の哲人ケン・ウィルバーにはじまり、仏教心理学的視点を取り入れたマインドフルネス、第三世代の認知行動療法ACT、そして近年ブームのアドラーまで、脳科学的なアプローチも加味し、心理哲学的な関心について綴っています。

ネガティブな感覚を気づきのサインとして役立てる

「気になること」などがあると、考えていないつもりでも、そのことが無意識に心の一定の容積を占めていることがあります。そんな時は、どこか緊張したり、少し胸がしめつけられたり、自己収縮のネガティブな感覚があります。
 一般的な反応もしくは対応としては、気づかず、無意識に周縁化しておくか、あーこれはアレのせいだな、と気づき、そのことの対処法を考えるというのが多いのではないでしょうか。
 
そのときに、このような反応をするのではなく、そのネガティブな感覚(キュッとしたような、重いような)を気づきのサインとして役立ててしまおう!という新しい対応方法の企画です。

そう、ハクスレーの「島」に出てくる鳥の鳴き声のように!

(オールダス・ハクスレーの小説「島」では、「気づきなさい。気づきなさい」といって鳴く鳥、「いま、ここで、だぞ」「いま、ここで、だぞ」といって鳴く鳥が描かれている)

具体的には、まず、そうしたネガティブな感覚があることにふと気づいたら、「おーとっと」としっかり気づきます。むしろ歓迎して気づくようにします。私の場合、昔のアリス(フォークシンガーのグループ)のように「あぁりがとう!」と心で答えたりもします。なぜなら、その「ネガティブな感覚」が気づくためのシグナルを出してくれたのですから。

次に、Subtle Bodyを意識する、あるいはSubtleエネルギーを作動させます。Subtleエネルギーが作動するように自分の得意なポイントに意識を集中します。私の場合は額です。最近はおばけのQ太郎のように頭頂部の髪の毛の数本が逆立つ感覚にも少し馴染んできました。とはいえ重い気分からの転換ではありますので、やはり最も得意な身体のポイントがいいと思います。


額に意識をもっていきます。軽く来た、という感覚が起こります。これはポジティブな感覚です。このポジティブな感覚が先ほどのネガティブな感覚より、優勢になっていくのを感じます。それほど時間はかかりません。額から広がるエネルギーの感覚ですが、後頭部の方まで広がると、もう十分に胸の辺りの重い感覚は薄れてしまいます。

ポジティブさが鎖骨へと広がると、胸を張るような姿勢になることもあります。鎖骨がポキッとなることもあります。胸が開いた感覚が伴います。やっていたことの手は止まりがちになりますが、能率が落ちる気はしません。むしろ、背中もしくは後方に対する意識が研ぎ澄まされ、柳生新陰流の境地をイメージできます。吉本風にいうと「どこからでもかかってこい」です。

なかなかそうはいかない場合、そしてそれはおそらくもう少し深刻な場合でしょうが、呼吸を使います。おもに呼気に意識をもっていきます。呼気だけを続けます。ネガティブな感覚が優勢で状態の悪いときは、呼吸が浅く喘ぎがちになっていますので意識して小さな呼気を鼻から連続して行います。

どうもうまくいかない、という時は、丹田に意識をもっていって呼気に合わせて凹ませます。便秘しているとうまくいきませんが、そうでない場合はたいていこれで、きっかけを掴めるはずです。

「気になること」に対して合理的(あるいは超合理的)な対処法を考えることは大切です。しかし、考え、実践したはずでも意識の中に残余物が居座り、ときおりネガティブな感覚が生起することはよくあることでしょう。

そんなときこのネガティブな感覚にひと働きしてもらいましょう。その感覚をむしろ役立てましょう。一日に何回でもそうしましょう。このネガティブな感覚は、まさに「島(island)」の鳥なのです。