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ウィルバー哲学に思う

「統合」の哲人ケン・ウィルバーにはじまり、仏教心理学的視点を取り入れたマインドフルネス、第三世代の認知行動療法ACT、そして近年ブームのアドラーまで、脳科学的なアプローチも加味し、心理哲学的な関心について綴っています。

Additional Modules

ILP(インテグラル・ライフ・プラックティス) Let it goまたはLet it be コントロール Presence(現前、現存)

Integral Life Practiceの第9章を読み始めました。タイトルは次のようになっています。

Living Your Life as Practice  

Relationships, Work, Parenting, Creativity,
And Other Additional Modules

コア・モジュールがIndividualであるのに対し、アディショナル・モジュールはRelationalです。まだほんの数ページに目を通しただけですが、大切だと感じる文章が多く、以下に抜粋させていただきました。→から右は私のコメントです。(以下、抜粋拙訳)

そうあなたがヨガクラスに現れて瞑想するからといって、それがあなたのILPを完全に実行したことを意味するのではありません。実践は瞑想のジムや道場の座布団の上だけで起こるのではないのです。より本質的な意味において、それは人生の第一線で起こります。

テストとレッスン、成功と失敗、雇われることと首になること、情事と絶縁(breakup)、恍惚と悲劇が私たちの人生のそして実践の内容を構成(make up)しているのです。

→日々の仕事と人間関係の中にこそIntegral Life Practiceがあるということです。

それぞれの瞬間はその前に来たものを含んで超えるので、―すべての過去の様相のいくらかを引き継ぎながら、生き生きした新しいものを生み出して―存在に春(spring)を引き起こすのです。すべての今は新しい実践の機会となります。

→今の瞬間こそそれまでを含んで超えている最前線だということ。「今」を尊重することの根拠といえます。

予定外で予想できない人生の進展において実践することは、意識的に生活することの流動的な意志と覚悟(commitment)を要求します。ILPは自動操縦している状態―無意識に引き継いだ習慣を続けること―とは対極にあるのです。

→意識的に生きるとはこういうことでした。

人生の刺激と習慣的な反応の間に選択が存在します。これは実践が偶発的な出来事(accident)ではないことを意味します。それは毎瞬毎瞬、選ばれ、選び直されます。

→すべての瞬間に選択肢があるということ。

すべての人生の領域は、実践のための場です。そして実践は、それが他者およびシステムとの関係を含むとき、特に複雑で弾力的です。これらの人生の領域はILPの重要な追加的モジュールの焦点です。それは、仕事、親密な関係、家族、家計、友人関係、セックス、そして奉仕です。

私たちのほとんどは、無意識なパターンに順応しています。身についてしまった傾向が、それぞれの個人の変化を規定する初期の人生経験、トラウマ、そして人間関係の原動力と相互作用するのです。

Everybody’s Got Their Stuff みんなつまらないものに捕らわれているのです。

→慣習的なstuffは幼い頃に刷り込まれ、疑ったことがないものも多くあります。
(例えば、父親から受け継いだ家父長的なパターナリズムの傾向)

コア・モジュールの実践を通して発達した能力のすべては、毎日の生活の乱雑な要求に直面したとき、最も深遠な果実を生みます。したがって追加的モジュールは普遍的ではないかもしれませんが、私たちの大半にとって大変重要なのです。

→先日、アンバーからの一撃に対して、レッド、アンバー、オレンジ、グリーンのそれぞれのレベルでの対応を思い描きました。そしてこれらのラインナップこそティールと気づき、その根本に自分のアイデンティティへの執着があることに気づきました。

古代のスピリチュアルな道は、最も優れた、そして祝福された人の人生でさえ損失、病気、老化、そして死によって脅かされるのだという洞察の上に見出されました。彼らは、慣習的な達成はつかの間の儚いものであることを、本当に深く理解したのです。どれほどあなたの人生がそれまで良かったとしても、その成就の時はやがて過ぎ去ります。これは深遠かつ揺るぎない洞察なのです。

→色即是空


実際、それは根本的な洞察を反映します;生と死の間には矛盾はありません。人生を機能させよう(make life work)と努めることと、最後にそれをすべて失うことの不可避性を放下すること(letting go)の間に矛盾はないのです。Integralな実践者はこれらの逆説とともに生きています。

→生と死の統合。実存的病理の超越。目撃者に軸足(重心)が移ることによって可能となる。真正のアルケミスト。インディゴに繋がるターコイズ太宰治はどこにいるのでしょうか?

機能する人生を創造すること(Creating a life that works)は努力を要します。なおかつ実践の道において多すぎる努力が払われるのです。最も自己実現した人生はしばしば自然に努力なしに流れます。
 実践が成熟するにつれ、あなたはこの逆説を賢明に生きるために要する直感的なスキルを発達させます。


人生のそれぞれの瞬間に、努力と明け渡しを適切に運ぶことを学ぶのです。明け渡し(あきらめ)が適切であるというとき、それは決意を反故にするということではなく、人生を通して受身で流れに身を任せたままにすることだということが、あなたには明らかになってきます。

→Let It Be


あなたがコントロールできないものを認識し、ただ今の瞬間(present moment)に接してとどまる(stay in touch)のです。

→Stay in the Now. Stand Still. Rest as the Witness.


自然な進化のKosmosの衝動は、私たちそれぞれのなかで、自己実現、目覚め、奉仕へと向かう道のり(drive)として芽生え(arise)ます。すべての意義ある人生は目的を有します。いくつかは私たち自身に関係します。―健康、長寿、成功、そして幸福。そして他の側面が自己を超えていきます。―貢献することへの衝動、私たちの才能(gift)を与えること、家族、コミュニティ、そして世界に奉仕することです。

→エロスとアガペ。エージェンシーとコミュニオン。

私たちは自分の目的を抱擁しながら、自身のヴィジョン―私たちの人生と実践が連れて行く場所の直感的な絵図―を明確にすることができます。

それらの対象が明らかになるとき、私たちはそれらを実現するため本当の決意をし、途方もなく大きい(tremendous)パワーがあらわになります。(抜粋ここまで)

→・・・。

最後の方は抜粋というより、ほとんど一連の文章を引用してしまいました。なんだかどれも大切でどの部分を削除すればいいか分からなくなったからです。
第10章で見ることのできるというVisionとしてのintuitiveなBig picture。とても楽しみです。