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ウィルバー哲学に思う

「統合」の哲人ケン・ウィルバーにはじまり、仏教心理学的視点を取り入れたマインドフルネス、第三世代の認知行動療法ACT、そして近年ブームのアドラーまで、脳科学的なアプローチも加味し、心理哲学的な関心について綴っています。

Integral Inquiry 統合的な問い

ILP(インテグラル・ライフ・プラックティス) Presence(現前、現存) Let it goまたはLet it be シャドウ

ILPのスピリット・モジュールではMeditation Practicesとして5つの瞑想が紹介されていますが、今回はその3つ目、Integral Inquiry「統合的な問い」を取り上げたいと思います。

まず、1分間モジュールから、それは以下のようになっています。(以下、拙訳)


1分間モジュール
Integral Inquiry

1. 静かに座って、背筋をまっすぐ、自然に呼吸します。

2. 今この時(present moment)に安らぎます。すべてのものが生起している真如(Suchness)あるいは開け(openness)の中に注意を解放します。その中でくつろぎましょう。

3. もし思考が生じ、注意がさまようなら、無条件の気づき(unconditional awareness)からあなたの心を紛らして(distract)いるものに気づくため質問をして下さい。 「私は誰か?(Who am I?)」「わたしは何をしているか?(What am I doing?)」「逃げているか?(Avoiding?)」「縮まっているか?(Contracting?)」

4. その質問はそれに答えようとすることに深入りするよりむしろ、もっと深い理解をあなたに開くでしょう。あなたの回避や収縮についての心の物語に係らないで下さい(Don’t engage a mental story)。開かれた気づきをもって今この瞬間にただ触れましょう。疑う余地のないものとして今に在りましょう。(be present to the obvious)

5. あなたは、尋ねるとき、あなたはくつろぎ、習慣的な心を解放するのに気づくでしょう。あるがままに今の瞬間へとくつろぎましょう。そして質問がランダムにあるいは同時に起こるのを続けさせておきましょう。

6. 有効なときが流れたなら、あなたのセッションを完了し、ささげましょう。(拙訳ここまで)

瞑想をしているとき、心のおしゃべりによって、注意がそれてしまったなら、四つの質問をすることで元に戻りますよということです。それはWho am I? What am I doing? Avoiding? Contracting? の4つです。この1分間モジュールの中で1番のキーとなる文は

When you inquire, you’ll notice you relax and release your conventional mind.
あなたは、尋ねるとき、あなたはくつろぎ、習慣的な心を解放するのに気づくでしょう。

ではないでしょうか。その問いを発したときに、気づいてフウッと脳ミソが浮いて楽になるような瞬間があります。私はそれを昔から「おーとっと」と自分で呼んでいますが、それは自動思考的な心に気づいた時の、気づきの言葉です。脳は何も考えないということにむしろ苦手で、考えないようにすると勝手にシナプスがつながっていって、いろいろなものが連想で出てきます。放っておくと際限なくおしゃべりしています。そのおしゃべりに対する殺し文句のようなものが、この四つの問いなのでしょう。このIntegral Inquiryには金星実践もあります。その中からもう少し理解を深めるために、いくつか文章を取り上げて吟味してみましょう。(以下抜粋と→解説という形で書いていきます)

私たちは瞑想の実践を進めながら、新しい自己実現、自己理解の機会が開きます。「統合的な問い」は、スピリチュアルなアイデンティティの核心へと突破するよう設計された高等な1人称の実践です。それによってあなたは、無形のあるいは純粋な気づきに安らぎ、そしてあなたがこの原初の基底(ground)から習慣的に離れる癖があるということに気づきます。

→自己理解とはWho am I?で思い出すべき本来の自己、Original Face、ラマナの言うI-Iでしょう。penetrateは「突破」と訳しました。基底(ground)でいるべきところが、ややもすると離れてしまう、青空として在るべきところがいつの間にか雲になってしまっている、それが習慣になってしまっているということです。habitually contractを習慣的な癖と訳しましたが、「習慣的に収縮する」と訳した方がいいかもしれません。無限であるgroundからcontractしてしまうのです。

あなたが質問の実践を続ける間―クッションに座って、そして毎日の生活においての両方で―質問それ自体はより深遠で、根本的なものになります。遂には、この絶対的(absolute)な実践は深まり、定着すると同時に、相対的な(relative)実践のための背景(context)となるのです。

→最後の原文はit becomes the context for relative practiceです。

これらの実践によって、あなたはより理解を深め、究極的には、あなたの本質的な性質である無境界、開け、自由を覆い隠している収縮のパターンを超越することができるでしょう。

→無境界、開け、自由が自己の本質的性質だということです。

この瞑想は二つの側面:絶対と相対に作用します。絶対的な側面では、それによってあなたは思考や経験の経過との同一化をゆるめ(relax your identification with passing thoughts and experiences)、その瞬間その瞬間で無形の気づきに安らぐことができます。・・・無形の瞑想は純粋な気づきに努力なく安らぐためにすべての対象から注意を解放するものです。―「非実践」の実践、それは時々こう呼ばれます。「只管打座(just sitting)」あるいは「純粋な現前(pure presence)」と。

→「非実践」の実践は“non-practice”practiceです。でてきましたね!只管打座。

相対的な側面では、統合的な質問によってあなたは、それらに向き合い理解することによって、純粋な現前から習慣的にあなたの心を紛らしている状態(condition)を溶解することができます。しばしばこれらは個人的な影の問題です;したがって統合的な質問は3-2-1Shadow Processを組み込みます。

→シャドウ・モジュールの実践が出てきたので「へー」ていう感じです。AQAL Frameworkなど他の実践も使ってよいと書かれており。それで「統合的な問い」なんだなと思いました。

制約のある心の活動が生起するとき、私たちは問いを求めます。それによって私たちは、自己収縮(それはしばしばエゴと呼ばれます)の極めて微細なそして元因な活動を認識し、溶解することができます。
→self-contraction(often called “ego”)

あなたの統合的な質問の実践は自然に四つの段階を通って進行するでしょう。1,2そして3は座って瞑想している間に行われ、・・・第4の段階では、あなたはクッションを超えて質問をします。毎日の生活で、充実した、柔軟な、そして適切な統合的生活実践のいろいろな側面を使用しながら。

→Stage 4が楽しみです。

Stage 1:純粋な現前に根ざすこと(Becoming Grounded in Pure Presence)による準備
・・・呼吸瞑想(前述の)を使って5分間しっかりと焦点を合わせられるまで集中力を高めましょう。・・・あなたが瞑想の間数分の安定を維持できる地点に到達した後(6ヶ月の実践がかかります!)、2〜3分後に数えるのをやめ、注意をもって呼吸に従い始めましょう。・・・現前する瞬間に注意するための碇として呼吸を使いましょう。・・・リラックスし、あなたの注意を、驚くべき、常に新しく、すでに自由な現前する瞬間の不思議〔驚異〕(wonder)へと解放しましょう。座って、呼吸し、この常に信頼できる、いまだ未知の神秘の中に(andとして)、今に在り(be present)ましょう。

→初心者だと6ヶ月かかるということです。an anchor for present moment attentionのanchorという表現が気に入りました。呼吸でつなぎとめておくのです。

Stage 2:質問
・・・心は慢性的に収縮する傾向があります。たくさんの異なる方法で、何度も何度も。あなたが瞑想するとき、これはよく思考やイメージ、感覚や眠気の形をとります。・・・あなたがこのハプニングに気づいたなら、質問し、リラックスしましょう。・・・有用な質問は「私は誰か?(Who am I?)」「わたしは何をしているか?(What am I doing?)」あるいはもっとユーモアをもって「一体おまえ、誰やねん?〔関西弁〕(Who am I kidding?)」さらにあなたはより深く、気づきの最も微細な行為に向かって「逃げてる?(Avoiding?)」、あるいは「縮まってる?(Contracting?)」。

→一体おまえ、誰やねん?〔関西弁〕は私のオリジナルです。

質問はなぜあなたの心が彷徨っているのか―何を私は避けているのか?それは何故か?という分析を促すことを意味するのではなく、心の彷徨により実際に起こっていること、に対し気づきをもたらし、実際にこの行為を起こるがまま(as it occurs)見、そして手放す(let it go)のです。―同時に、自然に呼吸へと注意を戻しながら。・・・「自由な気づきとして今に在る(being present)代わりにわたしは何をしているのか?そこで気づくべきことは何か?」賢者によって与えられたひとつの答えは「広大な空性、そして自動的な心の収縮がある」です。・・・あなたは収縮の活動をよく見て、理解できるようになり、そして分離した自己が生起する微細な原動力に責任を持つようになるでしょう。このプロセスが深まるにつれ、すべての経験を、空性の中に、Big Mindの中に、生起させておきましょう。それから思考が、自然に自己解放するのを許しましょう。

→「広大な空性、そして自動的な心の収縮がある」起こるがまま(as it occurs)見、そして手放す(let it go)・・・すばらしいですね。

Stage 3:統合的実践のツールを質問として自由に使う。
・・・もっとはっきりとあなたの瞑想に影響を与える(bear)ために統合的生活実践を利用します。・・・純粋な現前から典型的にあなたの心を紛らわすものは何ですか?時々それは影の問題になるでしょう。そう、例えば、ある感情のこもった特定の人あるいは状況が瞑想の中で生起し続けるなら、3-2-1 Shadow Processの1分間盤を使うことで、あなたはそれに向き合い、それと話し、それになること(Face it, Talk to it, and Be it)ができます。・・・あなたの使う質問の形態が何であろうと、それは統合的な質問として、あなたが使う方法です。衝動的なエネルギーと生じがちな注意を解放するために利用できる質問を選び、実践しましょう。それを使って、意識の中にある束縛〔orかすがい〕(cramp)を解放しましょう。それが主体をすべての客体から分割しているのです。質問し、本当のあなたである広大な真如の皮相(表面)を覆う習慣的な恐れから自由になりましょう。質問し、純粋な現前に(in pure presence)座っていることに戻りましょう。

→このシャドウ・モジュールの実践の他にもボディ・モジュールの実践や2人称のスピリットの実践なども利用してよいとかかれています。いずれを使うにしてもcrampを解放するために使うのだということです。

Stage4:あなたの毎日の生活で統合的質問を実践する
統合的質問が十分定着するとき、あなたは形式的な瞑想の中で座っているときだけでなく、生活のどんな瞬間でも(in any moment of life)それを使い始めることができます。

→これは興味津津です。

これは瞑想を目覚めた人生の安らぎへと運び、瞑想と人生の活動との間にある人為的な溝(分断)を崩壊させます。意識はますます自由にそして十分にあなたの目覚めた経験と遭遇し、浸透するので、それはあなたの夢見と深い眠りの状態の中でも自然に現れ始めるのです。

→こうして夢見と深い眠りの中でも浸透し始めるとは、驚きですね。

これは十分に柔軟で、十分に統合的な訓練(修行)です。それは大変高等な実践でもあります。それは、その衝動的なパターンを、現前する瞬間の自然発生的な生起との(としての)無形の共時性へと解放できる時に、始まります。

→確かに高等そうですね。 formless synchronicityついに(?)出てきましたユングシンクロニシティ

あなたが客体化、あるいは対立、あるいは異質性(otherness)、あるいは思考に陥るや否や、あなたは、統合的実践があなたの注意とエネルギーを最も解放するように見えるものなら何でも使って、質問することができます。あなたが何をすることを選択しようと、その要点は、あなたが制約のある収縮から解放され、現前する瞬間の(として)無形の気づきを回復するまで、十分にそれを行うということです。その時、その自由の中で、あなたの仕事に取り組みなさい。(go about your day)

→末尾の一文はなんと訳していいか分かりませんでしたが、それはともかく、この最後の文章にはすごいことが書いていますね。これ、瞑想中ではなく毎日の生活のなかで、ということは、これが生活の中で常態化するのがあるべき姿ということですよね。As soon as you fall into objectification or opposition or otherness or thought.というところのas soon as、それに最後のuntil you are freed of limiting contractions and restored to formless awareness of and as the present momentというところのuntilという表現、「へー」と思いました。

今回はとても長いブログになってしまいましたが、それだけのことはあったと思います。毎日の生活の中でのIntegral Inquiry、来週のILP Blueprintに早速入れてみようと思います。