ウィルバー哲学に思う

「統合」の哲人ケン・ウィルバーを中心に、仏教心理学的視点を取り入れたマインドフルネス、第三世代の認知行動療法ACT、アドラー、ポジティブ心理学など、複雑系や脳科学的なアプローチも加味し、「生命の躍動」の探求、心理哲学的な関心について綴っています。

感情に気づきエネルギーに昇華させる

前回取り上げたTransmuting Emotionのプロセスでは、シャドウになっていない本来の感情を変換する5つの手順が示されていました。簡単におさらいしてみますと、

気づく→ 緩和する → 中にある → 呼吸 → 昇華



となります。まず、青空を流れる雲のように、意識の中に沸き起こった感情に気づきます。私の言い方では「Witnessに軸足を置く」ということです。

 

次にその感情との関係を緩和します。抑えたり反抗したりすることは余計にその感情に拘束されることになるので、むしろ抱擁する感じで。これは海外ドラマLOSTを例に「恐怖に身を任せる」で取り上げたやり方に通じるものがあります。

 

そしてその感情は外にあって自分を攻撃してくるものではなく、自分の意識の中にある(mime)ことを確認します。これは微妙ですが大事なことです。気づいて同一化しないということは客体化することですが、客体化しても外に置かないように、ということを言っています。

 

以前に取り上げたドウッカのメカニズム(2009年2月1日)がヒントになる気がします。

 

それから「呼吸」です。この呼吸によってエネルギーを流すプロセスは、ボディ・モジュールのsubtleエネルギーを活用して

Statesを管理する - ウィルバー哲学に思う

することとほぼ同じと考えていいのではないでしょうか。

 

最後に昇華です。感情のtransitory natureを認識することが大切と書かれています。無常を見抜くことです。

 

そして結果としてエネルギーへの変換、昇華が起こります。性的な欲求をスポーツで昇華するなどとよくいわれますが、ここでは「感情」をエネルギーに変換するのです。具体的な例が、ILPの本文P64に18項目示されています。例えばその最初は、

怒り、批判的な心(Anger, critical mind)

→ 明晰性、統合性、透徹した知性(Clarity, integrity, and penetrating intelligence)

             

となっています。怒りの感情、批判しようとする気持ちが、解放され、エネルギーへと変換されると、明晰性、統合性、透徹した知性に昇華されるということです。penetrating intelligenceをどう訳そうかと迷いましたが、「透徹した知性」が一番しっくり来ました。「怒り」が「透徹した知性」へと昇華される・・・いいですね!

そして6番目には、

恐れ(Fear)

→ 生の、体化した今ここの意識(Raw, present embodied awareness)



先ほどの海外ドラマLOSTで、ジャックが脊髄外科医として一人の若い女性を手術したとき、彼は彼女の脊椎の神経涙嚢を切断してしまい、一瞬パニックに陥る。しかし数を5まで数えて完全に傷を治療した、という場面があります。この場面で、この5まで数えた後に、意識をフォーカスする先がpresent momentでしょう。まさに「恐怖」を、現前する対象へ向けたエネルギーに変換し、目の前のことに集中して結果を残したのではないでしょうか。

さらに14番目には

不安感と心配(Insecurity and anxiety)

→ 明け渡し、広々としていること(Surrender and spaciousness)



などなどです。
       
Ongoing Emotional Transmutationという節から少し引用します。(以下引用拙訳)

感情はひどく徹底的に習慣的です。あなたは一つの感情を変換したあと、あなたは時として同じ以前のパターンへと戻ってしまう自分を見出すでしょう。・・・結果を持続することは我慢強さと粘り強さを要します。実践によってだんだんと、あなたは、感情をどれほど素早くそして力強く、ネガティブな経験に対応できるようになるか気づくでしょう。そしてあなたは意識的な実践によってそんな理屈抜きの感情でさえも自然に自己解放することを発見し驚くでしょう。あなたの実践はよりナチュラルなものとなり、あなたの人生の感情とエネルギーに挑戦する仕事において、あなたはより多くのエネルギー、洞察力、そして技を身につけるでしょう。(引用ここまで)


いい文章ですね。

また、Evolving Your Relationship with Your Emotionsという節では、さきほど「広々としていること」と訳したspaciousnessについて理解を深めることが書かれています。(以下引用拙訳)

感情変換のプロセスは、シャドウ・ワークと一緒に、あなたの感情的な人生との関係において、特別な広大さ(extra spaciousness)に接する機会を提供します。この広大さは、あなたの感覚にくつろぎ、それを直接に体験することで可能となります。あなたはそれらに興味をもち、詳しく調べることができます。あなたは、そのプロセスが苦痛に満ちたものではなく、むしろ解放感のあるものとなるであろう、と信じることができます。あなたの感情の生のエネルギーを高く評価するによって、あなたはそれらを働かせることができます。それと同時に、それらがついに、その収縮した表現から、本来の自由で目覚めた発現へと開示することを知るでしょう。あなたは、これが生じるとき、エンパワーされることを確信できます。それが含有する凄まじいエネルギーが、追加的な活力、覚醒、成長のために、利用可能となるのです。(引用ここまで)


このspaciousnessの感覚とは、昨年のお正月に書初めしたRest as the Witnessあるいは、Stay in the Stillnessの境地で感じ取られるものであると思いました。
 
 このシャドウ・モジュールを読み終えて、3-2-1Shadow Processによって影を温存しているエネルギーが回収されるということは、章の冒頭の部分でなるほど!と思いましたが、このようにTransmuting Emotionsによってネガティブな感情であっても、ポジティブなエネルギーに変換できるというくだりは、予想外でした。しかし考えてみれば、感情とはエネルギーが収縮方向に向けば、ネガティブな感情、拡大方向に働けば、ポジティブな感情なのかもしせん。そうなら、嵐や津波のような破壊的な感情も、自然エネルギーのように生産的な資源へと変換できても不思議ではないでしょう。3-2-1Shadow Processは長い年月をかけて化石燃料という影に封じ込まれたエネルギーの回収であり、そしてTransmuting Emotionsは再生可能な自然エネルギー利用の智慧であり技なのかもしれません。