ウィルバー哲学に思う

「統合」の哲人ケン・ウィルバーにはじまり、仏教心理学的視点を取り入れたマインドフルネス、第三世代の認知行動療法ACT、アドラーなど、複雑系や脳科学的なアプローチも加味し、心理哲学的な関心について綴っています。

発達ラインと多重知性

ケン・ウィルバーのAQALインテグラル理論では、象限、レベル、ライン、状態(States)、タイプという構成要素があります。このうち四つの象限と5つのラインを使って最近ある報告をまとめたのですが、少々自分の中で混乱している点を確認しました。今回はそのexcuseのつもりで、ウィルバーのインテグラル理論で取り扱う発達ラインと、ガードナーの提唱するmultiple intelligences(多重知能あるいは多重知性と訳されていますが私は多重知性の方を使っています)との共通点と相違点を見てみたいと思います。

まず、ガードナーの多重知性ですが、Intelligence Reframed Multiple Intelligences for the 21st Century「MI:個性を生かす多重知能の理論」の訳者、松村暢隆さんは以下のように書かれています。

一般の通念、素朴概念として、性格については、少なくともいくつかのタイプがあるものだと思われています。ところが知能は、IQで表される一つのものだと思われています。・・・ガードナーは、従来の精神測定学のIQよりも知能の概念を広げ、8つの独立した知能を認めました。


上記の本によると、当初は以下の7つの知能が提唱され、その後1つが追加されたようです。

①言語的知能 ②論理数学的知能 ③音楽的知能 ④身体運動的知能(Bodily/Kinesthetic) ⑤空間的知能 ⑥対人的知能 ⑦内省的知能 の7つです。

⑥の対人的知能(Interpersonal Intelligence)とは、他人の意図や動機・欲求を理解して、他人とうまくやっていく能力、⑦内省的知能(Intrapersonal Intelligence)とは自分自身を理解して、自己の作業モデルを用いて自分の生活を統制する能力、です

そしてその後に追加されたのは⑧博物的知能であり、自然や人工物の種類を識別する能力です。

そして最近はこの本の中でも肯定的にガードナーが取り上げている⑨実存的知能(Existential)を追加して9つの知能として紹介されることが多いようです。⑨実存的知能とは、「究極的なこと」をめぐる関心、であり、「宇宙の深奥―無限大と無限小―に自らを位置づける能力であり、それに関連して、人生の意義、死の意味、物理的、心理的な世界の究極の運命、人を愛したり芸術作品に没頭するなどの深遠な経験といった、人間的な条件の実存的特長との関係に自らを位置づける能力である」と説明されています。

一方、ウィルバーの発達ラインはどうだったでしょうか?昨年8月のIntegral Psychograph 統合的なサイコグラフというブログで取り上げています。AQALは世界中からの数百人の学者がおこなった研究を組み込んだもので、発達ラインについてはそれを大きく四つの群に分類しています。もう一度それを見てみましょう。

・Cognitive  認知のライン(他の成長にとって十分ではないが必要)
・Self-related 自己関連のライン
      (例えば、エゴ、欲求、モラル、アイデンティティ、価値観)
・Talent 才能のライン(音楽、数学、視的空間認識、運動能力など)
・Other important line 他の重要なライン
 (spiritual、美学、emotional、psychosexual、interpersonal)


そのなかでガードナーの多重知性について「ハワード・ガードナーは言語学、空間認識、数学、音楽、運動知性のような複合的なtalentラインあるいは知性を確認した。talentラインは相対的に互いに独立して発達する。」というように説明されています。これはガードナーが各知性を確認するときに、「固有の発達歴をもつ」ことをひとつの条件にしていることが影響しているように思います。しかし、その他の重要なラインに分類されているinterpersonalは、ガードナーも指摘している多重知性のひとつですし、①言語的知能は「認知のライン」の群に、⑦内省的知能は「自己関連のライン」の群に入りそうです。

ILPのAnswering Life’s Questionという節と、ウィルバーのインテグラル・スピリチュアリティの「意識のレベルとライン」という節に書かれている各ラインの代表的調査者の名前を並べると以下のようになります。

・ 私は何に気づいているか?(認知cognition)ピアジェキーガン
・ 私は何を欲しているか?(欲求needs)マズロー
・ 私は誰か?(自己self-identity)レーヴィンジャー
・ 私に大切なものは何か(価値観values)グレイブス、スパイラル・ダイナミクス
・ これについてどう感じるか?(感情知性emotional intelligence)ゴールマン
・ 私にとって何が美しく、魅力的か?(美的感覚 aesthetics)ハウゼン
・ どうするのが正しいことか?(モラルmoral development)コールバーグ
・ どんな関係を持つべきか?(人間関係interpersonal)セルマン、ペリー
・ 身体的にこれをどうすべきか?(運動能力kinesthetic ability)ガードナー
・ 究極の関心とは何か?(スピリチュアリティspirituality)ファウラー


以下、インテグラル・スピリチュアリティから引用します。

いったい、これらの発達ラインとは何なのだろうか。また、それは何を意味するのだろうか。多くの場合、ラインとは、人生が差し出す問いかけに対する異なったタイプの答えである。
 たとえば私は今、何を意識しているだろうか。この問いに対する答えがピアジェらの認知の発達ラインである。意識しているものの中で何を欲しているのかという問いもある。この問いに対する答えがマズローの欲求段階である。意識しているもののなかには、自分と呼んだり、自己、と呼んだりするものがある。何をもって自分と呼び、自己と呼ぶのか。この問いに対する答えが、レーヴィンジャーの自我の発達段階である。意識しているもののなかで、何を最も価値あるものとみなすのか、という問いがある。この問いに対する答えが、グレイブスの価値システムである。意識しているものに対して、どう感じるのか、これに対する答えが、ゴールドマンの感情知性(EQ)である。意識しているものに対して、何に最も魅かれるのか、何を美とするのか、これに対する答えが、ハウゼンらの美に対する感受性のラインである。そして、意識しているもののなかで、何を正しい行動とするのか。この問いの答えがコールバーグの倫理の知性のラインである。意識しているもののなかで、あなたとの関係は、どうすべきなのか。この問いの答えが間-人格的発達のラインであり、セルマンらのラインである。意識しているもののなかで、何を究極的な関心とするのか。この問いの答えが、ジェイムス・ファウラーのスピリチュアルな知性のラインである。


なるほど!ガードナーのいう多重知性は、ウィルバーのいう数多くの発達ラインに含まれると考えてよさそうです。そしてインテグラル・スピリチュアリティでは、上記の主要な10のラインに見られるようなさまざまな発達論的なラインを多重知性とも呼んでいます。これは多重な知性、あるいは広義の多重知性といってよく、ガードナーの多重知性は上記9つの知性を指して固有名詞的に「多重知性」といっていると考えればいいと思われます。まあ混乱を避けるために、ガードナーのいう①言語的知能から⑨実存的知能までの9つのintelligencesを指すときは「多重知性(MI)」、認知からスピリチュアリティまでの主要な10の知性に代表されるようなライン、統合的サイコグラフ(5〜6の知性が横軸、縦軸には2〜3のレベル)の横軸に表示される知性、は「発達ライン」と呼ぶのがよいのでしょう。

ガードナーはゴールマンの提唱した感情的知能(EQ)や、その他の知性、例えば道徳的知能を認めることに否定的なようです。スピリチュアルな知性についても彼の定義では50%程度しか条件を満たさないとしています。そしてスピリチュアルな知性の中核を構成していると考えられる実存的知能に限定することでそれを多重知性(MI)の一つとして認めるという姿勢です。しかし、ウィルバーはそれらの知性を重要な発達ラインとして取り上げています。上述のように代表的な調査研究者の名前を対応させて。これは志向的一般化(Orienting Generalization)というウィルバーの方法論によるものであると考えられます。

今回感じたのは、ウィルバーのインテグラル理論のベースになっている、こうした研究者たちの理論を少しでもいいから勉強しておくことの必要性です。そのベースを知ることで、さらにウィルバーの偉大さが再認識できると思われます。私は恥ずかしながらウィルバーを読む前から知っていたのはマズローだけです。またEQについて書かれた本も読んだような記憶がありますが、それがダニエル・ゴールマンの著書だったことは覚えていませんでした。ピアジェやコールバーグといった名前はウィルバーの著書でもう何回見たことでしょうか。とにかくこの辺りの著書からでも目を通そうとあらためて思いました。