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ウィルバー哲学に思う

「統合」の哲人ケン・ウィルバーにはじまり、仏教心理学的視点を取り入れたマインドフルネス、第三世代の認知行動療法ACT、そして近年ブームのアドラーまで、脳科学的なアプローチも加味し、心理哲学的な関心について綴っています。

Emotionalのラインはシャドウ・モジュールで伸ばす

今回はEQを取り上げようとして、ゴールマンの”Emotional intelligence”邦訳「EQ こころの知能指数」を購入し、その他にもウィキペディアやEQジャパンのウェブサイトなどに目を通しました。前回のInterpersonal知性で取り上げたセルマンのような明確な発達段階が見えてこなかったからです。またEQの定義についてもその範囲についてどう捉えるべきか、ということでやや迷いました。

EQとは「心の知能指数」ともいわれ Emotional Intelligence Quotientの略です。サロベイとメイヤーという学者によって提唱されたものですが、ゴールマンの”Emotional intelligence”(EQこころの知能指数)という本がベストセラーになったことで、広く知られるようになりました。読んだことのある人もいると思います。

前々回に取り上げたガードナーのいう多重知性のうちIntrapersonalとInterpersonalの知能がEmotional Intelligenceであるというようにもどこかに書かれていました。

「EQこころの知能指数」のなかで(1)自分自身の情動を知ること (2)感情を制御すること (3)自分を動機づけること (4)他人の感情を認識すること (5)人間関係をうまく処理すること が基本定義として書かれています。すなわち、これらの5項目を高いレベルで実行できる人が、EQが高い人です。

(1)〜(3)は自己対応能力であり、(4)(5)は他人対応能力であるため(4)(5)がInterpersonalな知性であるとも言えそうです。

ということは狭義のEmotional Intelligenceは(1)〜(3)ということになります。ウィルバーのインテグラル理論でいう発達ラインでもInterpersonalなラインとEmotionalなラインは、相互関係はあるもののそれぞれ独立したラインとみなされていますのでEmotionalなラインの内容として、この(1)〜(3)を見てみたいと思います。

Emotionalな知性を伸ばすためにはまず、(1)自分自身の情動を知ること、です。ゴールマンは「汝自身を知れ」というソクラテス箴言はEQのかなめであると書いています。それは「現在進行中の自己の心的状態を認識する」ことです。ある人は「自己洞察」といっています。EQジャパンでは「自己認識力」と表現しています。思考過程を意識することを「メタ認知」というのに対し、自分の情動を意識することを「メタムード」というのだそうです。ゴールマンはフロイトの「平等にただよう注意」に通じる、とし次のようにいっています。

「平等にただよう注意」は、意識内を通過するすべての情動を受容しつつ反応しない目撃者として公平に受けとめることだ。心理学者によってはこれを「観察する自我」と呼ぶ人もいる。自由連想法はこうした自己認識を患者自身に持たせようという試みだ。…自己認識は情動に押し流されるような注意力ではない。知覚したことを増幅し過剰反応する注意力でもない。自己認識は情動の嵐の中にあっても内省を維持できる中立的な心理状態のことだ。…自我を観察する能力が最大限に発揮されたとき、激しく揺れ動く感情を平然と認識している状態が生まれる。…このように自己の情動を認識する能力は、情動に関わるあらゆる知性の基礎となる。


この情動の自己認識力の高い人と対極にあるのが、精神医学でいう失感情症の人であるとゴールマンは言います。失感情症の人は何も感じないわけではなく、自分の感情をはっきりと把握して言葉で表現することができず、感情を「表現」する能力が欠如している人のことです。

そして「感じたことに言葉を与えることができたら、その感情は自分のもの」となる、とは小説家ヘンリー・ロスの言葉であると書かれています。

(2)感情を制御すること 
簡単にいうと「自分の感情を静め、不安や憂うつや苛立ちをふりはらう能力」ですが、単にネガティブな感情を避けることではなく以下のように書かれています。

目標は感情を抑えつけることではなく、バランスをとること。感情を消去したら人生は豊かな色彩を失って単調で不毛な世界になってしまう。望ましいのは、それぞれの場にふさわしい「適切な」感情をもつこと。感情を押し殺してしまうと、人間の感性は鈍麻し現実から遠ざかってしまう。反対に感情の強さや持続時間を制御しきれなくなると、抑うつ状態で動けなくなる、不安に耐えきれなくなる、怒りに荒れ狂う、躁状態で動きまわる、といった病的な状態になってしまう。



そして制御することの意味ですが、

情動が生起するタイミングや内容をコントロールすることはほとんど不可能だ。ただし、情動の持続時間はコントロールできる。感情が強くなり長期間続くと、やがて神経症的な不安、制御不能な怒り、あるいは抑うつ症状など、病的な状況へと変化しはじめる。



このように持続時間をコントロールすることは可能であるとしています。

そして怒り、不安など具体的な感情のコントロールについて書かれています。

(怒り)
怒りにも種類があり、カッとするのは、主に扁桃核から発する怒り、一方、新皮質があおる怒りは不公平や不正義に対する怒りのような計算された怒り。

怒りは最もコントロールの難しい感情。

怒りの炎に火を注ぐ思考も、使い方しだいで怒りの根源を見直し怒りを和らげる強力な手段に変えることが可能。見る角度を変えると炎が急に下火になることもある。状況を前向きに構成しなおしてみる方法は怒りをおさめるのに非常に有効。

(怒りを静める方法)
怒りを静める第一の方法:怒りを挑発した出来事を(相手の事情を考慮した情報の提供等により)再評価する。ただしタイミングが重要で怒りが発生してから早ければ早いほど効果が大きい。

怒りを静める第二の方法:怒りが静まるまで一人きりになるなど、さらなる怒りを喚起する要因のない環境に身を移して、急増したアドレナリンのほとぼりがさめるまで待つ。

さらにもう一つの方法:感情の自己認識を働かせて、皮肉な気持ちやケンカっ早い考えが心に浮かぶたびに紙に書きとめる。それにより疑ったり再検討することが可能になる。

直接怒りを対象の人物にぶつけて発散させるのは最悪の方法である。

怒りをどう処理するのが最善か?チベットの高僧チョギャム・トゥルンパの答え「抑えつけてはいけない、しかし流されてもいけない」

(不安)
不安心理の下敷きになっているのは潜在的な危険に備えようとする反応で、進化の過程ではサバイバルに不可欠な能力。恐怖が情動の脳を刺激すると、その結果生じた不安が注意力を眼前の脅威に集中させる。ある意味不安反応は何かがうまくいかなかった場合の対処に対するリハーサルともいえる。不安は顕在化する前に危険を予期し、厄難をくぐりぬけるための準備である。


これが正常なメカニズムなのですが、問題は…

問題は、常習性・反復性の不安。同じところをぐるぐる回っているばかりで前向きの解決につながらない常習的な不安。不安がどこから生起しているのか分からない、コントロールできない、意識から追い出すことができないなど。こうした不安のサイクルが強まって頭から離れなくなると、そのうちに全面的な神経のハイジャックへと発展し、恐怖症、強迫神経症、不安発作などの障害がおこる。

ということです。そしてそれを制御する方法として

(不安をコントロールするステップ)
①自己認識。不安をできるだけ早い段階でとらえること。理想的には、心を横切った破滅的イメージが不安を増幅させるサイクルに火をつけた直後ぐらいまでに把握できるとよい。
②リラクゼーション・テクニック。不安を認識した瞬間に応用できるリラクセーションテクニック。
③自分の思い込みを批判的に見直す練習。自分が恐れている出来事は、本当に起こる可能性が高いのだろうか?建設的な対策はないだろうか?

とありますが、怒りの静め方と同様に、その方法論についてはあまり詳しく書かれていません。さらに「不安」に引き続いて書かれている「憂うつのコントロール」という節では、「抑圧」と「冷静沈着」の捉え方について混乱しているように私には思えました。

それはさておき、感情を自己認識し、コントロールするというEQの能力の概要は理解できました。そして気付いた方も多いと思いますが、「自己認識」は「目撃者」の実践です。1月5日のブログ「3-2-1 Shadow Process+目撃者」に共通する部分が多いと感じました。しかし、ゴールマンがこの本の中でいうコントロールの方法についてはあまりインパクトがありません。それらの方法論が説得力を持たないのは、怒りや不安の原因として自分が否認した影の存在について取り上げていない、その影の解消のためのシャドウワークにも触れていないからだと私は思います。

(3)自分を動機づけること 
Emotionalな知性を伸ばすことの3つ目は「自分を動機づける」ことです。もうすこし詳しく言うと

①衝動をコントロールし、欲求の充足をがまんする能力
②自分の感情(不安や危惧感)を思考の妨げではなく助けになるよう調整する能力
③目標から後退したときに(希望をもって)自分を励まし耐えて(楽観的に)挑戦し続ける能力
④自分自身をフロー状態へ導く方法をみつけて才能の向上をめざす能力

であると書かれています。フローとは、自分の得意な分野で最高の調子が出たときの状態のことで、「才能の横溢」と表現されています。アスリートが口にする「ゾーン」に入る、というのも同じ状態のことです。

こうした能力を伸ばすことができればどんなにいいでしょうか。それは容易に実感できます。しかしここでも(1)(2)と同様に、笑いの恩恵や希望の力、楽観的であることのメリットなどについて取り上げられていますが、こうした能力を伸ばすための方法論はあまり提案されていません。

ここまで読んで私の思考をよぎったのは、こうしたEQなどに関心と一定の理解がある人向けのアドバンスコースとしてILPが位置付けられるのだということです。

今回みてきたEQのこれらの能力はILPの中でも特にシャドウ・モジュールの実践により、発達させることが可能です。
また、上記の「フロー状態へ導く方法」などはボディ・モジュールの中に多くのヒントがあります。Subtle Body Practices などは④の能力を鍛える典型であり、心身統合してゾーンに入りフローを維持する方法論そのものではないでしょうか。

EQは、日本でも心理、教育、経営労務などの専門家だけでなく、一般の学生やビジネスマンにもある程度浸透した概念でしょう。そうした人たちがILPにも関心を持ち、ウィルバーのインテグラル理論そしてその実践がもっと広がっていけばいいと思います。

間もなくILPの翻訳本も出版されるようです。それが一つの起爆剤になって、企業の研修などで活用されるようになることを楽しみにしています。