ウィルバー哲学に思う

「統合」の哲人ケン・ウィルバーにはじまり、仏教心理学的視点を取り入れたマインドフルネス、第三世代の認知行動療法ACT、アドラーなど、複雑系や脳科学的なアプローチも加味し、心理哲学的な関心について綴っています。

慣習的な葬儀が苦痛である理由

子どもを小児がんで亡くした母親を対象としたアンケートを整理していて、あらためて葬儀が大きなストレスになっていることを認識しました。葬儀だけでなく49日までの法要であったり、納骨のことであったり、一連の弔いの行事全般が母親を中心とする家族に大きなストレスとなっています。それは次のような声に表わされています。

・「私たちの子ども」としてその死を悲しみ、お別れをしたかったのに、「家の子ども」としてことが運ばれていったこと。葬儀、法要、納骨などすべて「家」のやり方で夫の親戚が口を出し、「行事」として扱われているように思った。

・葬儀を仕切る自治会長に「自分は今までに○○件の葬儀をしてきた」などとさんざん聞かされた。

・義姉に棺に入る前に着せる服をとやかく言われたことが今も深く残り、今もうまく関係がもてません。

・まだ納骨せず、仏前に置いているが、親戚が「成仏できないから納骨しなさい」などという。

・義父母の言う通り49日法要で納骨した。後に納骨せず手元に置いておく方もいると聞き、自分もそうしたかったと思った。

・親戚との人間関係が年々冷めていく気がするので、身内だけでこれからしていきたい。


これらは一体何を意味しているのでしょうか?インテグラル理論から言えることが2つあると思います。

ひとつは、「オレンジ」以降の価値観に重心を置く母親にとって、「アンバー」の価値観が支配的な葬儀のしきたりが大きな精神的苦痛をもたらしているということです。

生前葬直葬など葬儀のやり方にも多少の変化が見られるものの、冠婚に比べるとまだまだ過去の慣習と地域のしきたりの中で多くの葬儀法要が行われています。

そして年老いた親が亡くなった場合の葬儀や法要などは、親が祖父母にそうしてきたように親もそう望んでいるだろうとの思いも手伝って、地域で慣習的に運営される葬儀について疑問に感じることも少ないのではないでしょうか。

しかし幼い子どもが先に亡くなったような場合の葬儀では、何でそんなことするの?それにどんな意味があるの?という慣習的な行いに対する疑問、納得できないことなどが噴き出してきます。

これは、戦後生まれの私たちの多くが「オレンジ」の価値観で教育を受けてきて、論理的に思考し、合理的に発想することが身についているためです。

この疑問の最たるものは、「成仏できないから納骨しなさい」あるいは「納骨しないと成仏できないわよ」という親戚などの言葉に対する反感でした。納骨によって達成される成仏とはいったい何なのか?という問いです。

そして「アンバー」はこの「オレンジ」の問いに納得のいく答えをもち合わせていません。それはウィルバーが『インテグラル・スピリチュアリティ』の「コンヴェア・ベルトとしての宗教」の中で提示した通りです。近代以前のアンバー的価値観と合理性のオレンジ的価値観の確執であり、基本的に一連の葬祭行事がアンバーのしきたりによって構成されていることが原因であるといえます。


そして四象限を使うことで、もうひとつの構造的問題が浮かび上がります。葬祭儀礼における「私たち(左下)」のミスマッチです。

フロイトは「喪の仕事(mourning work)」といって対象喪失反応に時間をかけて対処していく心のプロセスを重視しましたが、葬儀もひとつの喪の仕事であり、死化粧や納棺といった儀式は、その後の長い悲嘆を癒すプロセスの初期段階の節目のワークです。

おくりびと(統合的倫理3) - ウィルバー哲学に思う


家族との死別において病的な悲嘆(対象喪失を悼む営みが未完成なままになる心理状態が心の狂いや病んだ状態を引き起こすこと)に陥らないためにも喪の仕事は大切であり、そうした観点から葬儀や法要という機会が理解されねばなりません。

ですから、それは亡くなった人を「私たち」(左下象限)と意識している人にとって大切なワークなのです。彼または彼女を含む「私たち」(それは代表的には家族ですが)を構成していたメンバーが、悼み悲嘆を癒す儀礼なのです。

この意味から、それは彼(彼女)にとっての「私たち」を中心に行われるべきものです。

彼(彼女)にとっての「私たち」とは誰でしょうか?

彼(彼女)が帰属していたと感じるコミュニティである「私たち」とは誰でしょうか?

それは会ったことを覚えてもいない親戚でしょうか?

名前も知らない近所の人でしょうか?

彼(彼女)も、そして母親である「私」も、ともに「私たち」と意識できるのは最後の一年を共に過ごした仲間であることが少なくありません。

それは主治医の先生であったり、看護師であったり、NPOのスタッフであったり、ボランティアであったり、病棟仲間のお兄ちゃんであったり、お母さんの代わりに遊んでくれた○○くんのママだったりします。

しかし現実は、病院を出ると違うベルトコンベアに乗って行くことになるのです。

それはとても「私たち」とは呼べない、地縁と血縁が中心となった集団によって自動的に運営されていきます。

それは自治会長さんの言うように「こうするもの」なのです。

それは田舎の親戚の言うように「そんなことをしてはいけない」のです。

一体これってなんでしょう…。

英国には子どものホスピスと呼ばれる施設が数十とあるそうです。

そこでは、闘病の最後を見守った人々が彼(彼女)とともにゆっくりと時間を過ごせる場所が設置されているといいます。

そんな場所があるといいですね。

そんな場所は、彼(彼女)も私も納得のいく「私たち」がマッチしているといえます。

地縁・血縁ではなくいわば「闘病縁」です。

闘病縁を意識した葬儀と法要

これから大切なひとつの形、なのではないでしょうか。