ウィルバー哲学に思う

「統合」の哲人ケン・ウィルバーにはじまり、仏教心理学的視点を取り入れたマインドフルネス、第三世代の認知行動療法ACT、そして近年ブームのアドラーまで、脳科学的なアプローチも加味し、心理哲学的な関心について綴っています。

心理社会的支援で見落とされるもの

いわゆる「小児がんの心理社会的支援」ということについて気がついたことがあります。たとえば患児に対するケアを考えた場合に、身体面の治療のみならず、心理面でのケア(メンタルケア)そして社会的な支援(ソーシャルサポート)を合わせて提供することで、トータル・ケアを実現するという考え方があります。

身体だけでなく心のケアも、そして入院治療や社会復帰に利用できる制度などのアドバイスやサポートということまで含みますので、統合的であるような印象をもちます。

しかしインテグラル理論の四象限に当てはめてみると分かることがあります。身体的なケアは右上象限(UR)です。心理的なケアは左上象限(UL)です。社会的支援は右下象限(LR)です。これで全部だとすると左下象限(LL)が見落とされていることになります。

実際には見落とされているというより、左下象限(LL)自体が右下象限(LR)の社会的支援へと「折りたたまれて」いるのです。

では本来あるべきトータル・ケアの少なくとも1/4を構成する左下象限(LL)とは何でしょうか。左下象限とは私たち(We)」の空間です。患児とその母親が「私たち」と感じることのできるスペースです。これは共同体(コミュニティ)のスペースです。厳密にはコミュニティによって培われる内面空間です。

「私たち」という奇跡 - ウィルバー哲学に思う


「実践インテグラル・ライフ」のP390に「コミュニティ」を説明した文章の中にこういう一文があります。「そこで、私たちは、他者を支え、また、共通の価値観と共通の熱意によって形成される空間に支えられるのです。」

このようにコミュニティの間主観的次元はmentalにもsocialにも折りたためない、あるいは矮小化できない貴重な次元です。長期入院の患児とその母親にとって、そのようなコミュニティとは、何か?それは「闘病仲間とその親」によって分かち合われ、理解しあえる何かです。「セルフヘルプグループ」や「ピアサポート」と呼ばれるものの制度的側面は右下象限(LR)に該当します。そのようなシステムによって涵養される「私たち」が左下(LL)なのです

エスビューローはこのような闘病仲間の親たちが「私たち」を形成し、その「私たち」を拠り所として、過酷な闘病と子どもの喪失という絶望感を乗り越えるプロセスで生まれました。

アンケートの「一番助けになった人は誰か」という質問に対し、子どもを喪失した親の7割以上の人が「闘病仲間の親」と答えた理由はここにあります。

つながろう!育もう!未来の僕たち、私たち

とは、この夏の小児がん脳腫瘍全国大会のスローガンでした。この育みたい「僕たち、私たち」こそ左下象限です。

そして小児がんサバイバーにとっても「私たち…」と実感をもっていえる「コミュニティ」は、本当にとても大切な彼らの「居場所」なのです。