ウィルバー哲学に思う

「統合」の哲人ケン・ウィルバーにはじまり、仏教心理学的視点を取り入れたマインドフルネス、第三世代の認知行動療法ACT、そして近年ブームのアドラーまで、脳科学的なアプローチも加味し、心理哲学的な関心について綴っています。

習慣的な脳神経回路を書き換える

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 ヨンゲイ・ミンゲール・リンポチェのThe Joy of Livingの邦訳書「今、ここを生きる」を読んでいる。本書は翻訳家、松永太郎氏の最後の書である。全18章までの12章を松永さんが訳され、そこで止まっていたものを今本渉氏がその後を訳され、PHP出版から昨年9月に出版された。

昨日から読み始めたところだが、いい本である。好きになった。

ウィルバーの書は当然として、松永さんが「いいよ」とおっしゃっていた(直接お聞きしたのではないですが)フェーミ博士やエックハルト・トールの原書は、文章が平易なため私にとって読みやすく、腑に落ちたという感があるが、この書もきっと「よい」という感触がある。しかも松永さんが翻訳されているため安心して日本語で読める。

著者のヨンゲイ・ミンゲールは以下のように紹介されている。

1975年、ネパール、ヌブリ生まれ。チベット以外の場所で修行した新世代の師僧として、チベット仏教界の新星と目されている。チベット仏教の伝統に基づく実践的かつ哲学的な教えを身につけると同時に現代科学の領域にも深い理解を示し、両者の統合をはかる活動を続けている。特に、生物学者のフランシスコ・バレーラ、神経科学者のリチャード・デイヴィッドソンらとの交流は有名。誠実で、ときにユーモアをたたえた講話は、世界規模で仏教徒、非仏教徒を問わず多くの聴衆を魅了している。その様子は自身のウェブサイトtergar.orgでも(動画を含め)閲覧できる。


若い。しかし、とても優秀なようである。

チベット仏教において、「安居(あんご):隠棲して学ぶ3年間の修行」に史上最年少で入ることを許され、その後17歳にして課程の終了と同時に次回の安居を指導する任を与えられた、という。

いくつか見出しを抜粋すると・・・

第4章 空―実在を超えた実在    
     二つの実在―絶対的な実在と相対的な実在
     「空」の練習
第5章 知覚の相対性 
     相互依存(縁起)
     主体と客体―神経科学的な見方
     時間の専制
     無常ということ
第6章 「明晰」の贈り物    
     見かけと幻影
     「明晰」と「空」の結合

といった具合である。

これまで目を通した部分で印象に残った事柄をまず一つ書き記しておきたい。(このミンゲールの著書から少なくとも5つ以上の記事を書くことになると予感している)

それは、「習慣的な脳神経回路を書き換える」ということの重要性だ。

私がこれまでエックハルト・トールやフェーミ博士で取り上げてきたことはインテグラル理論の中では「ステート」、すなわち「状態」に位置づけされることであると、私も考えてきたし、そのような視点から記事を読んでいただいていた方もいると思う。

しかし私はそれがとても重要であると感じていたので、特に重点を置いてそれを深めることをしてきた。そしてなぜ重要かと問われても、明解な答えはもち合わせていなかったのであるが、今回の題目がその答えのひとつなのだと思う。

それは、「習慣的な脳神経回路を書き換える」ことによって、「状態」を「構造化」することができるということだ。

ミンゲールは3年の安居の一年目に神経症に陥っていたという。

「不安を示すさまざまな症状―緊張、喉のつかえ、めまい、パニックなどに容赦なく襲われました」と書いている。

「しかしその後、二度とパニックは襲ってきませんでした。この経験からくる安らぎや自身、安楽の感覚は、たとえ客観的にはストレスに満ちているといわれるような条件の下にあっても、決して弱まることはありませんでした。」

この間に何があったのか?

「何度も繰り返し経験することでひとたび安定すると、ほとんど不動のものになっていきました。」


そしてこのことを脳神経学的に説明している。

「つまり心とは、直接的な経験の予測しがたい要素と、神経細胞ネットワークの習性との間の相互作用によって生起する、常に変化し、進化する発現である、というものです。」

「脳とは非常によく音が合い、統制のとれた交響楽(団)のようなものである。・・・多くの演奏者のグループがいます。そうしたグループが共同して、思考、運動、感情、気分、身体感覚などを生み出すのです」

「自分がしょっちゅうパニックに襲われていた子供から、どうして世界を旅して何百人もの人の前で講演しても全く不安を抱かないようになったのか、その間自分の脳に何が起こったのか、非常に興味を抱きました」

そしてニューロン、アクソン、シナプス神経伝達物質の基本的な説明があった後で、こう書いている。(P47)


神経細胞の活動を学ぶということは、一見して苦しみや幸福とは関係がないようですが、ある重要な点では、そうではありません。神経細胞が結ばれると、長い間の友達どうしのように絆を形作るようです。つまり、同じようなメッセージを繰り返しやり取りするという習慣ができるのです。・・・私たちの心の習慣が形作られます。
私は子ども時代に犬が恐かったのですが、それは、「犬は怖い」という思考と、脳内に作られた恐怖に反応した神経細胞の結合とが対応するからです。次に犬を見たときに、神経細胞は互いにおしゃべりを初めて、犬は怖いという思考を思い出させるのです。このようなおしゃべりは、繰り返されるごとに、より声が大きくなり、また、より説得力をもったものになっていきます。そのため、ついには犬という言葉を聞いただけで、心臓はどきどきし、汗をかくようになってしまいます。」

しかしこうした神経細胞的な結合を新しいものに交代させることができるという。それは「ニューロンの可塑性」によるもので、チベットの言葉でこの力を「レ・ス・ル・ン・ワ」というそうだ。

「経験が繰り返されると脳の働き方も変わるということです。これこそが不幸へと導かれやすい心の性癖を除くために、仏教で用いられる手法の裏付けとなる事実なのです。」


そしてP107にこう書かれている。

「訓練を通じて脳は新しい神経回路を形成することができます。それによってすでに条件づけられている知覚を変容させるばかりでなく、不安や無力感、苦悩などの通常の心の状態を超えて、より永続的な安らぎや幸福を経験する可能性を開くのです。」


このことは前回の「Presenceの持続」が重要であるということの裏付けとなる説明であると思う。

Presenceに伴う明晰性や充溢の感覚は、そうした神経経路の結びつきを強化する。

すぐに過去や未来に心が行ってしまうのとは反対方向の神経回路である。

メンタルノイズ、いいかえるなら壊れた蓄音機のようなマインドのひとりごとに気づきを入れることによって、そのような習慣的な神経回路を反転させ、広々とした空に安らぐ新しい神経回路を形成するのだ。

反復によって、習慣的な脳神経回路を書き換える。それによって一時的な「状態」は、安定した「構造」になる。このプロセスはまさに発達段階をステップアップさせることを意味するのではないだろうか。