ウィルバー哲学に思う

「統合」の哲人ケン・ウィルバーにはじまり、仏教心理学的視点を取り入れたマインドフルネス、第三世代の認知行動療法ACT、アドラーなど、複雑系や脳科学的なアプローチも加味し、心理哲学的な関心について綴っています。

自己収縮にとどまる、何もしないをする

小児がんコンサルタントのブログでACTのまとめを掲載しました。
http://childcancerconsul.blogspot.jp/

こちらのブログでは、「ウィルバー哲学に思う」の観点から、それに横糸を通してみようと思います。ACTには6つのコアになるプロセスがあるとされています。まずはその一つ目である「アクセプタンス」に横糸を通してみます。ウィルバーおよびトールの共通する部分を過去のブログから拾ってみました。

ACTその1 アクセプタンス
不安や怖れといった自分の内的な体験に対して、嫌な来客が訪れたときのように歓迎しましょう。それがウィリングネス。その来客を閉め出すのではなく、無視するのでもなく、玄関に行って迎えること。あるがままに受け取るとは、今この瞬間起こっている不安や怖れに気づくこと。格闘することなく手放しましょう。


ケンウィルバーはこう言っています。

自己収縮とは、内面的な緊張であり、しばしば眼の内側に感じ、心身全体に広がる、かすかな筋肉の緊張である。それは世界を前に縮まる、一種の緊張の感覚である。
いったん人々が・・・自己収縮という緊張感に気が付いた時、・・・彼らはこの自己収縮を、あるいは自我(エゴ)をふりはらわなければならないと考える。これが二番目の間違いであって、実際にはそうすることでエゴをしっかりとすえつけてしまうのである。・・・さらに言えば、エゴを切り捨てようとすること自体エゴなのである。・・・そこで、練習を続けよう。
目撃者に安らぎ、この緊張、自己収縮を感じること、もし感じることができたら、あなたはそれからすでに解放されている。・・・切り捨てるのではなく単に感じることである。

そして「これがまさに、一如の世界がもっとも前面に出やすい状態である。」とウィルバーは言っています。

One Tasteに入るには - ウィルバー哲学に思う


また、エックハルトトールはこう言っています。

力強いspiritualな実践は、エゴが収縮したときに修復しようとはせず、意識的に縮んだままにしておくことだ。ときおり実行してみることをお勧めする。たとえば誰かに批判されたり、非難されたり、悪口を言われたとき、すぐに報復や自己防衛を試みない―何もしないでおく。
自己イメージが縮んだままにしておき、そのとき自分の奥深いところでどんな感情が起こるか観察する。数秒間は自分自身が小さくなったという不快感があるかもしれない。しかしそのあと生命力に満ちた広々としたスペースを感じるのではないか。・・・エゴが小さくなることによってあなたは逆に拡大し、「いまに在る」状態が立ち現れる場所ができるのだ。

自己収縮を感じたままにする - ウィルバー哲学に思う


「ACTをはじめる」の原書Get Out of Your Mind and Into Your Life: The New Acceptance and Commitment Therapyではアクセプタンスの解説をしている章のタイトルが英語でLetting goと書かれています。Let goは「行かせる」すなわち「手放す」という意味です。握っていたものを手放す。不安や心配との格闘をやめ、綱引きしていたそのロープを手放すのです。その不安や心配を何とかしようとどうこうしないということです。邦訳書では「何もしないをする」と表現されていますが、なかなか素敵な表現です。

自己収縮にとどまる・・・、何もしないをする・・・、練習しましょう!