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ウィルバー哲学に思う

「統合」の哲人ケン・ウィルバーにはじまり、仏教心理学的視点を取り入れたマインドフルネス、第三世代の認知行動療法ACT、そして近年ブームのアドラーまで、脳科学的なアプローチも加味し、心理哲学的な関心について綴っています。

次元が上がると「一つ」に見える

経営マトリックス研究所のマークであるヘキサ・キューブ(hexa-cube)について、また新たなことに気がついたので、今回はそれを書きます。今年1月1日のブログ「次元を行き来するヘキサキュ―ブ、元日の夢」の続編です。

 

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(上の図表は次元を理解する参考にしてください。出所:ウィキペディア「次元」)

まず3本の線分を想定する。それらを2本つないでも閉じた図形にはならないが3本をつなぐ(1本目の始点に3本目の終点をつなぐと)と3つの角をもつ閉じた図形、すなわち三角形になる。

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線の上をなぞっている限りは1次元だが、閉じた図形の内側を「意識する」なら三角形の2次元平面となる。1次元では線分は3本だが、2次元では一つの面となる。

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3本の線分がただつながっているより、一つの三角形の面として観た方がリアルな気がする。

さて次に、6角形に(対極の)対角線を入れると、このような図形になる。

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この図形は2次元平面では、6角形が6つに分割されたものと見ることができる。また正三角形6つが隙間なく隣接した形としても見ることもできる。

しかし次の図のように対角線に「強弱をつけて観る」と、一つの3次元立方体(cube)が浮かび上がる。

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私がこの図形をヘキサ・キューブ(hexa-cube)と呼ぶ所以である。

2次元では6つのピースに分かれて見えたものが、3次元では一つの全体として観える。

6つの三角形の集まりとしてみるより、一つの立方体として観た方が、リアルだ。手ごたえのあるリアルな構造が感じられる。

2次元に上がることで、3本の線は一つの三角形という面になり、3次元に上がることにより、6つの三角形という面は、一つの立方体という空間になった。

同じものを見ていても意識の馳せ方によって、見え方は大きく異なる。

下の次元でバラバラに分割して(separated)見えていたものが、上の次元では「一つの」リアルな「全体」として顕現するのだ。

私たちの通常の眼では、「色(しき)」をバラバラなものとしてしか認識していないが、ウィルバーのいう「観想の眼」で観るならば、それぞれに自性のない相互依存的な一つの全体(=空)として構造を顕すのではないか。

そのようなことの比喩に、このヘキサ・キューブ(hexa-cube)は使えないだろうか・・・

(下の次元でみることを「見る」、上の次元でみることを「観る」と、あえて使い分けしました。)

◆補足:関連エピソード

そういえば、子どものころ、「陣地取り」という遊びがあったのを思い出した。

土の地面の上に釘や石で大きな正方形を描いて、4人それぞれが角をコーナーとして自分の陣地を決める。まず開始時点で、角に親指を置き中指をコンパスとして中心角90度の弧(円の1/4の扇形)を描く。その内側が最初の自分の陣地だ。

その扇形の陣地から、円盤状の石を人差し指でピンと弾いて跳ばす。跳んだところまで始点と終点を結んで線を引く。その終点からまた石をピンと弾く。跳んだところまで線を引く。そしてまた石を弾く。これで3回弾いたことになるが3回目で自分の陣地に石を戻し入れないと無効になる。うまく弾いて石を陣地に戻せたなら3つの線で囲まれた内側の部分(面)が自分の陣地に組み込まれる。

この遊びなどは、1次元の線としてなぞっていきながら、それが閉じたときにその内部を2次元の面として自然に認識できるという脳の働きに基づいている。1次元から2次元へ、2次元から3次元へという次元の移行が人間の脳では自然に行われるといっていいだろう。


今回は以上です。お付き合いいただき、ありがとうございました。<m(__)m>