ウィルバー哲学に思う

「統合」の哲人ケン・ウィルバーにはじまり、仏教心理学的視点を取り入れたマインドフルネス、第三世代の認知行動療法ACT、そして近年ブームのアドラーまで、脳科学的なアプローチも加味し、心理哲学的な関心について綴っています。

エラン・ヴィタール(elan vital)「生命の躍動」

このところ「生命の躍動」というキーワード、この言葉で体系的に整理できれば面白いのではないかとあれこれ考えていました。そして今日やっと以下の図のように自分の中で関連すると思われる言葉を洗い出してみました。

最近このブログで取り上げた内容もあれば、過去に何回か触れてきたキーワードも並んでいます。そして今月の「知縁カフェ」でテーマにした小林道憲氏の『複雑系の哲学』の内容も大いに関係しています。

じつは「生命(いのち)の躍動」という言葉は、一昨年度にNPOの方で作成した『ICF国際生活機能分類)活用の手引き』の冊子の終わりに「生命の躍動を発見し、〈参加〉へと育てる」というまとめを書いたことがきっかけです。その時は冊子を読んでもらいたい小児がんの当事者・家族、関係者に向けてのメッセージだったのですが、もう少し押し広げて振り返ってみますと、自分自身の生き方の指針としても、このブログで書き発信してきた観点としても、まさに「生命の躍動」だ、「生命の躍動」で統合できる、そんな気がしてきました。

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ということで今後何回かに分けて上記の各項目について「生命の躍動」と関連させ順次取り上げていきたいと思います。

今回は「エラン・ヴィタール」です。

もともとベルクソンもエラン・ヴィタールという用語も知りませんでした。誰かが自分の直感と近いことをいっていないだろうかと「生命の躍動」という言葉で検索しているうちに、フランスの哲学者アンリ・ベルクソン[1859~1941]がelan vitalという用語で「生命進化の根源となるもの」のコンセプトを提唱していることが分かりました。「生命の躍動」、「生の飛躍」、「生命の弾み」などと訳されています。

 

以下、「エラン・ヴィタール」の説明をいくつか列挙します。

 

生物が内的衝動によって進化する生命の躍進力。生物を飛躍的に進化せしめる単純不可分な内的衝動。(コトバンク

 

創造的進化の原動力を表し、「生命の進化を押し進める根源的な力として想定された。(ウィキペディア)」

 

起源にある弾み(elan)。徐々に複雑になっていく形態を経て、生命をより高い使命へと至らせるような内的な推進力。(アンリ・ベルクソン『創造的進化』P137)

 

生命はその起源から、唯一の同じ弾み(elan)が連続しているもので、この弾み(elan)は分岐する進化の複数の線に分かたれた。(『創造的進化』P80)

 

万物の根源を宇宙的な生の飛躍(elan vital)としてとらえ、世界を不断の創造的進化の過程としてとらえた。(小林道憲『複雑系の哲学』P69)

 

生成する世界は絶え間なく新たなものを生み出し変化し続ける。そこには生命の躍動(elan vital)があり、予見不可能な創造性と不確定性があり、そこに自由がある。

世界は創造的進化の過程であり、生命の躍動(elan vital)の軌跡である。(『複雑系の哲学』p205)

  

といったところです。私としては

複雑系としてふるまう創造的進化の原動力」と表現するのが一番しっくりくる気がします。

複雑系の科学」という領域はベルクソンの没後に発展してきましたが、『創造的進化』P137に「徐々に複雑になっていく形態を経て」という表現があるように、エラン・ヴィタールとは、より複雑な様相へ向かうもの、であることがすでに示されています。

万物の根源という点では老荘思想の「道」やインド哲学の「ブラフマン」に類するとも言えます。

そして私はこの創造的進化の原動力であるエラン・ヴィタールと私たちの内なる躍動は共振するのではないかと考えています。

今後この点について掘り下げていきたいと思います。