ウィルバー哲学に思う

「統合」の哲人ケン・ウィルバーにはじまり、仏教心理学的視点を取り入れたマインドフルネス、第三世代の認知行動療法ACT、アドラーなど、複雑系や脳科学的なアプローチも加味し、心理哲学的な関心について綴っています。

状態に気づいている「状態」

あけましておめでとうございます。初ブログを書きました!

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元日の朝の目覚めのあとにどのような言葉が頭に浮かぶのか?

これは自分自身としても、興味があることだ。

 

2018年の初夢ならぬ初想起、うつらうつらした頭に浮かんだ言葉。

それは「状態」であった。

 

「状態」とわざわざ「 」で括って表現しているのは、『存在することのシンプルな感覚』の松永さんの訳を参照してのことだ。

それはselfが、大文字で「自己(Self)」と表現されることに特別な意味があるのと同じように、大文字の「状態(State)」とあえて表現したい何かである。

 

通常、状態とは様々な状態の中の一つの状態のことを指していると思われるが、その意味では一般的に状態とは相対的なものであり、状態というときそれは相対的な状態なのだ、といえる。

 

しかしここで表現したい「状態」とは、「絶対的な状態」であり、「あらゆる状態を超えた状態」、「状態の状態」ともいうべき、「メタ状態」のことである。

 

「どんな状態をも包含した状態」であるといってもよい。

 

この「状態」は、subtleとも、causalとも違う。(非二元のような究極の意識状態なのでもない。)

 

落ち込んだ状態、興奮した状態、明晰な状態、衝動にかられた状態、怖れている状態、頭がしゃべり続けている状態、ぼんやりした状態、状態a、状態b・・・etc.

 

今、あなたが、どんな状態にあるのであれ、その状態に「気づいている状態」のことである。

 

「気づいている状態」であるから、ある時はその気づきの対象として状態aがあったり、ある時は状態bがあったりする。

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気づきの円相の中に、状態a、あるいは状態bが浮かんでいるのである。こうしたaやbといった小さな(と形容する)状態は、来たりてしばらく留まり、やがて消えていく。

 

小さな状態は漂い移り変わるのである。

 

これに対して「The 状態」ともいうべきこの大きな「状態」は、それらの小さな状態を映し出す「気づき(Awareness)そのもの」であるため移り変わることはない。

いわば、無無常である。

 

小さな状態の背景として、グラウンドとして、いつもこの大きな「状態」が存在していること。

 

このことを忘れてはならぬ。

 

いかなる状態のときもこのことを思い出そう。

その小さな状態を対象として、少し離れてみる。

そして、むしろ大きな「状態」の方へと身を委ねる。こころを重ねる。

 

すると、ほっとしたような有難い小さいが暖かい状態がやってきてくれる。

 

そうか!

 

ここでいうこの「状態」とは、さまざまな状態の、まさに母体なのだ。

 

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過去の参考ブログをあげるとすると、2009年のこの記事でしょうか。

 

nagaalert.hatenablog.com

お付き合いいただき、ありがとうございました。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。<m(__)m>