ウィルバー哲学に思う

「統合」の哲人ケン・ウィルバーを中心に、仏教心理学的視点を取り入れたマインドフルネス、第三世代の認知行動療法ACT、アドラー、ポジティブ心理学など、複雑系や脳科学的なアプローチも加味し、「生命の躍動」の探求、心理哲学的な関心について綴っています。

メンタルノイズを目撃する

“Eckhart Tolle & Sri Aurobindo”からトーレのいうEgoic Selfの特徴を見てきています。

Egoic Selfの特徴として上げられている項目は7つあります。

Fear―Insecurity
Resistance―Complaining (既述)
Needing Ever More―Desire(既述)
Looking to the Next Moment―Waiting(既述)
Self-Seeking
Mental Noise(今回)
Perceiving through the Veil of Mind

すでに3つの項目を取り上げました。今回はMental Noiseです。(以下p12〜13より引用)

Mental Noise
エックハルトがおそらく他のどの教師よりもよく話すマインドの特徴は、頭の中をずっと占領しているお喋り、あるいはメンタルな雑音である。

それはシュリ・オーロビンドが、”the buzz of physical mind”と呼んだものだ。

エックハルトはこの心の悩みの種を、ギアをニュートラルにしてアクセルを踏むことに例える。

どこにも行かずにガソリンを燃やすことだ。

このエネルギー漏れのようなメンタルノイズの記述は、私に特に強い印象を与えた。

The Motherによって、以下に語られた方法は最も合理的だが、簡単にできるとは言い難い。

(The Mother, Questions and Answers 1950-51より)

心は、静かであることを学ばねばなりません。落ち着いたまま、ノイズを作らずに、気を配るのです。

もしあなたが直接に心を静めようとするなら、それは難しくほとんど不可能でしょう。

というのも、心のほとんどの部分は、その活動を止めないからです。

それは止むことを知らない蓄音機のようにずっといつまでも続きます。

それは記録したものすべてを反復します。もしストップするためのスイッチがないなら、無限にずっとずっと続けるのです。

一方で、もしあなたが意識を高い領域へとシフトするのを管理できれば、それは通常の心より上にありますが、この光明への開け(this opening to the Light)は心を静めます。

それはもはや動揺を引き起こすことはありません。心の静寂が十分獲得され安定したものになります。

一度この領域に入ると、もうそれから出てこないのはもっともです。その心の外側(the external mind)が常に落着きをもたらすのです。



エックハルトはもっと容易にアクセスできる対処法を教える。それはシンプルに、今ここにあること、によって可能となる。

無意識なマインドと同一化する代わりに、心の活動を意識的に目撃する(conscious witness)ようになることによって対処するのだ。
(引用ここまで)


The Motherの「通常の心よりも上にある高い意識の領域」という記述は、サイコシンセシスの意識の図に出てくる超意識をイメージさせますね。

岡本太郎氏の太陽の塔がもつ3つの顔のうち「未来の顔」といわれている上部の顔のようです。

そのような視点から、心を外側から目撃することによってメンタルノイズは落ち着き、心の静寂が得られるといいます。

壊れた蓄音機のような心で生きることはもう卒業したい、とあらためて思いました。