ウィルバー哲学に思う

「統合」の哲人ケン・ウィルバーを中心に、仏教心理学的視点を取り入れたマインドフルネス、第三世代の認知行動療法ACT、アドラー、ポジティブ心理学など、複雑系や脳科学的なアプローチも加味し、「生命の躍動」の探求、心理哲学的な関心について綴っています。

病理的ヒエラルキーの温床としての家父長的家制度

ノモンハン責任なき戦い』と題したノモンハン事件(1939年、日本の死傷者は2万人)のドキュメンタリー番組を見ていて、なぜこうした甘い見通しの無責任かつ服従的なヒエラルキーが出来上がったのか?いつから日本はこうなってしまったのか?という疑問が頭の隅にあり、一方で個人的な問題から戦前の民法の旧規定と家父長的家制度を調べているうちに、その両方がかなり繋がっていることが見えてきた。

 

www6.nhk.or.jp

まず8月19日NHKスペシャルではこう報じられていた。

司馬遼太郎は、「一体こういう馬鹿なことをやる国は何なのだろう。日本とは何か、日本人とは何か」と書いている。

取材を進めた司馬は陸軍の上層部のあり様に、嫌気がさし執筆を断念したという。

ある幹部は「敵の能力を軽視し、甘い見通しで戦争に突入した。」と証言した。

「陸軍の上層部は、国の重大事にもかかわらず、あいまいな意思決定、あいまいな対応に終始し現地軍の暴走を止めることができなかった。」

「敗北の責任は現場に押し付けられていった」「敗北の教訓は生かされなかった。2年後に起こった太平洋戦争で同じ失敗が繰り返された。敵の実力を軽視し甘い見通しで始めた戦争。敗戦が決定的になったあとも無謀な作戦が繰り返され部隊の全滅が相次いだ」と。

  

一方で個人的な理由から戦前の民法(明治31年制定)と戦後の民法(昭和23年制定)の違いや家父長制について調べていて、

特に参考になったのは申 蓮花氏の『日本の家父長的家制度について』である。

http://www1.tcue.ac.jp/home1/c-gakkai/kikanshi/ronbun8-4/shen.pdf

いくつか抜粋してみると・・・

 

家父長的家は中世から始まり、また近世に武士階層で定着したが、「家父長的家制度」つまり家父長的家を制度化したのは近代の明治政府である。

家族の地位順は戸主(家父長)を一番に、下は儒教的な順番で尊属、直系、男性を上に、卑属、傍系、女性を下にし、戸主優位を確立し家族員への統制を可能にした。

相続は嫡出長男相続制をとることで兄弟争いや家産の細分化を防ぎ家自体の存続を保てるように規定した。

なぜ、明治政府は家父長に統制権を与えたのか。

それは明治政府の中央集権的な統制の構造(天皇―政府―府県―区長―戸長―戸主)にあるという。

戸主すなわち家父長はその統制の末端にあり、このような統制構造を通じて家々までその統制が行き届いた。

それは明治政府の「富国強兵」実現のためであり、それを支える「地租改正」と「徴兵制」を浸透させるために天皇から家までの一貫した統制構造が必要だったという。

〈親子の服従関係〉・・・家父長が家の全権であり、子どもに収入があっても財布は家父長が握り、子どもは家父長に完全な「孝」を強要されていた。

〈子供達の地位差〉・・・家産の相続者としての長男の地位は高く、次三男の地位は格段に低い。娘の地位は家産の持ち出しになると考えられさらに低かった。

〈女性への差別〉・・・嫁になる前にまず相手の家に入って、舅姑らに気に入られ、合格と判断されてやっと結婚ができる。結婚する前は親に従い、結婚後は夫に従い、夫亡き後は息子に従うべきという「三従」といわれる封建的束縛。

この統制構造を通じて国民の一人一人を統制でき、政策を貫通できることによって「富国強兵」が実現可能となった。家父長的家制度の親子関係を国家と家の関係に利用され「家族的国家観」に発展し、やがて忠孝のために人々は命を捨てて戦争に飛び込んだ、

 

などと書かれている。

 

やや一面的で荒っぽい見方のような気もするが、納得がいった、腑に落ちた感がある。

 

病理的ヒエラルキーは、上位のホロンがその地位を不法行使して下位のホロンを支配しようとするときに起こる。  nagaalert.hatenablog.com

もし高位のレベルが低位のレベルに強い影響力を行使できるなら、高位のレベルは低位のレベルを過剰に支配したり、抑圧したり、疎外さえしたりできることになる。このことがただちに、私たちを個人および社会全体における多くの困難な病理現象の問題に導く。

 

日大アメフト部のレッド的ヒエラルキーが短期的には奏功し日本一を奪還できたが、しかしその後内部から崩壊していった姿と、富国強兵―家父長的家制度という統制構造が、日清・日露戦争では短期的には奏功(?)したものの、時とともに病理的ヒエラルキーと化し、ノモンハン事件での惨劇、2年後にその惨敗が顧みられることなく太平洋戦争に突入する無謀さ、ヒエラルキー構造が内部から腐っていった姿が重なる。

 

その意味では、家父長的家制度は病理的ヒエラルキーの温床として働いたのである。

 

そしてさらにこうした病理的ヒエラルキーはハラスメントの温床となっていく。

 

昨今取りざたされるパワハラ、セクハラの背景に、こうした「女性への差別意識」「地位差にもとづく服従関係」があるのは間違いない。それは中世から始まり明治政府によって強固に制度化された家父長的家制度によって醸成され、戦後になって民法が改定された後もなお慣習的に温存されてきたものではないだろうか。

 

このことは、「ティール組織」※の考察と関連して、また書きたいと思います。

 

※『セルフマネジメント(自主経営)』や『ホールネス(全体性)』、『組織の存在目的』など、従来のものとは大きく異なる独自の組織構造や慣例、文化を持つ次世代型組織モデル。ウィルバーの提唱するインテグラル理論を経営組織に適用したもの。