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ウィルバー哲学に思う

「統合」の哲人ケン・ウィルバーにはじまり、仏教心理学的視点を取り入れたマインドフルネス、第三世代の認知行動療法ACT、そして近年ブームのアドラーまで、脳科学的なアプローチも加味し、心理哲学的な関心について綴っています。

無遠近法的狂気

ウィルバーの著作で最初に読んだのは、『万物の歴史』でした。地域通貨の研究をしていくうちに参考文献として掲載してあったのがきっかけです。その頃まで、私は循環の原則、多様性の原則、そして相互依存の原則の3つが大切だと自分なりに考えて、雑誌に寄稿したりしていました。
 ところが『万物の歴史』を読んで、いかに自分が浅はかであったか、エコロジストの陥りやすい隘路は何か、自分は無(非)遠近法的狂気な狂気に陥っていたのだと理解したのです。
 この著作の中で出てくる『無遠近法的な狂気』という言葉、『ビジョンロジック』という言葉の意味が最初はどうも分かりませんでした。
ビジョンロジックとは、発達心理学の形式操作段階のもう1つ上位にウィルバーが位置付けている非視点的統合とよばれる段階です。
例えば経営のリーダーシップ理論でよく言われることがあります。上司のリーダーシップスタイルとして望ましいのは、信長型か?秀吉型か?それとも家康型か?経営学的な答えは『状況によって異なる』です。でも状況によって異なるとだけ言うのでは前に進めません。状況対応型リーダーシップ理論で言うと
仕事ごとに部下の発達段階を4つの分類して発達段階1には指示型のリーダーシップ、発達段階3の部下には参画型のリーダーシップスタイルを・・・とるのが望ましい、とされています。
ビジョンロジックとはこのように、特定の視点に偏らず統合できることをいいます。そして無遠近法的狂気とは、その統合できる前の状態で、この例で言えば『誰がいいなどと・・・』『状況によって異なるだろ・・・』ということの気づきはあるが統合できていないため、何が何より重要か(遠近法)分からなくなる、あるいはそのような価値観の序列を作ることもよくないこととして否定する病理です。ウィルバーのいう『微妙な還元主義』に私は陥っていたのでした。