ウィルバー哲学に思う

「統合」の哲人ケン・ウィルバーを中心に、仏教心理学的視点を取り入れたマインドフルネス、第三世代の認知行動療法ACT、アドラー、ポジティブ心理学など、複雑系や脳科学的なアプローチも加味し、「生命の躍動」の探求、心理哲学的な関心について綴っています。

2009-01-01から1ヶ月間の記事一覧

LET IT BE

LET IT BEという言葉は中学生のときからビートルズで知り、よく聞き、また歌ってもいました。しかし、LET IT BEにこんな深遠な意味があると知ったのは最近です。 ビートルズの曲の中でも whisper words of wisdom "let it be~"♪と歌われることから知恵の言…

ロマン派のまちがい

私はウィルバーの著書と出会うまえ(万物の歴史を手に取ったのは7年前なので、それ以前の頃ですが)自然農法やパーマカルチャー、自然エネルギー、地域通貨にどっぷりはまったグリーンでした。自分では気づきませんでしたがロマン派の影響を強く受けていたと…

死ぬ前に死ぬ人は・・・

死ぬ前に死ぬ人は死ぬときに死なない とは西谷啓治がハイデガーのの論文解釈のなかでいったことばのようですが、(「老子の思想」張錘元/著P232)道徳経第五十章「大死と道」の解説のなかで取り上げられています。 ウィルバーの「グレース&グリット」にも自…

自分の見解に同一化しない

目撃者にとどまり、自分のエゴをみることは頭で思うほど簡単ではありません。 特に、対人関係のなかで生じ、大きな感情が揺れ動くようなケースではそのエゴが始動を始めたところに、すかさず気づきを入れることはなかなかできないものです。 トーレのニュー…

実は客体などなかった!

「世界をありのままにみる」ということと「エゴをみる目撃者」をどう統合すればいいか、整理しきれていなかったのですが、ウィルバーの「存在することのシンプルな感覚」(元は意識のスペクトル)にこうあります。(P212 原書P144 ) 「見者」すなわち「あな…

道元のOne Taste

「春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえて すずしかりけり」は良寛や川端康成も愛誦したという道元作の和歌ですが、映画の中では、たしか時頼との問答の中で一度道元が詠み、その後永平寺に帰る道元を見送るときに、時頼も詠んだと記憶しています。 ウィルバ…

禅 ZEN

映画「禅 ZEN」を見てきました。大谷哲夫「永平の風 道元の生涯」(文芸社刊)が原作です。 内田有紀ふんする「おりん」が、乳飲み子が死にそうだと、道元のもとに駆けつけた時、道元が言った言葉・・・、そしてそのあとの一連のやりとりは前半の山場です。 そ…

パウロのいう神の平安?

トーレのニューアースの「第2章 エゴという間違った自己のメカニズム」の最後『すべての理解にまさる安らぎ』に以下のように書かれています。 (以下引用) 人生のどこかで悲劇的な喪失に出合い、その結果として新しい次元の意識を経験した人は多い。子ども…

書き初め スタンドスティル

小椋桂の曲はどれも昔から好きなのですが トロピカルフィッシュの泡音の〜 ・・・生き残る時間 ではじまる「スタンドスティル」という曲があります。 これって小椋桂が「静けさ(still)に、とどまる(stand)」という意味で作った曲だったんだ、と気づきまし…

『モモ』の道路掃除夫ベッポのことばと「行為の質」

なあ、モモ、 とっても長い道路を受けもつことがよくあるんだ。 おそっろしく長くて、これじゃとてもやりきれない、こう思ってしまう。 ・・・ いちどに全部の道路のことを考えてはいかん、わかるかな? つぎの一歩のことだけ、つぎのひと呼吸のことだけ、 …

自己収縮を感じたままにする

12/30のOne Tasteに入るには、で自己収縮を感じることが書かれていました。トーレのニューアース第7章にその具体的な記述を見つけましたので紹介します。(以下抜粋) 力強いスピリチュアルな実践は、エゴが収縮したときに修復しようとはせず、意識的に縮ん…

ウィルバー哲学に思う

本日、「ウィルバー哲学に思う」というタイトルでブログを立ち上げさせていただきました。 この日記は2006年よりMIXIの中だけで、ひっそり書いていたのですが、本日より心機一転こちらに転載することにしました。よろしくお願い申し上げます。 さてタイトル…