ウィルバー哲学に思う

「統合」の哲人ケン・ウィルバーにはじまり、仏教心理学的視点を取り入れたマインドフルネス、第三世代の認知行動療法ACT、アドラーなど、複雑系や脳科学的なアプローチも加味し、心理哲学的な関心について綴っています。

「生命の網(ウェブ・オブ・ライフ)」の混乱

私は以前、生命の網という考え方が大好きでした。すべての生命は繋がっている。にんじんから宇宙へ、循環、相互依存、多様性など、生態系の中に見られる法則こそ根幹の原則がある、自然は完璧、などなど…。しかし何か釈然としないものがありました。そうであるなら、むしろ人間はいない方が…とか、自然が完璧であるなら文明はがん?…、というように生物圏を最上位に位置づけることで人間存在をどう位置づければよいか分からなかったのです。

しかし、この根幹にある考えが深いところで非常に混乱していることにウィルバーの万物の歴史を読んで気づきました。このことが分かりやすく最新のインテグラスピリチュアリティにも書かれているので紹介させていただきます。以下はp209〜p219 第7章「私たち」という奇跡 ガイアと「生命の網」からの抜粋です。

ほとんどのエコロジストは、「存在の偉大なる入れ子」の変形版を使っている。…

量子以前の真空 量子的事象 原子 分子 細胞 有機体 家族 共同体 国家 種 生態系(エコシステム) 生物圏(バイオスフィア) 宇宙

こうしたホリスティックな序列は、ほとんどのシステム的な思考のいたるところに見出せる。それはアーウィン・ラズロの「万物の理論」の中心をなし、それをディーパック・チョプラが「万物に関する、最も輝かしい包括的な理論」として推奨する。それはディープ・エコロジーの中心的な思考である。ほとんど、すべてのエコ−全体論と「生命の網」の理論が、それを使っている。そして、それらすべては、深いところで非常に混乱しているのである。…
こうしたホリスティックな序列では、上位のレベルは、下位のレベルを、その構成要素として包含し、その上に立っているということを思い出そう。たとえば細胞は分子を包含している。分子は原子を包含している。下位のレベルがなければ、上位のレベルはない。原子がなければ分子はあり得ない。これがホリスティックな序列を統御するルールである。・・すべての上位のレベルは下位のレベルが出現して後はじめて出現することができるのである。細胞は分子が出現した後に出現する。さて最初のリストを読んで、どこまで、このルールが通用するか見てみよう。確かに原子、分子、細胞、有機体、まではこのルールは通用している。しかし読み続けていくと、このリストでは国家がなければ生態系はないことがわかる。問題は、始まったばかりである。
…有機体に至るまでのホロンは個体のホロンである。しかし家族から以降のホロンは社会ホロンである。しかし社会ホロンを個体のホロンの上に積み上げることはできない。…
…リストでは、個人ホロンが進化した後、社会ホロンが進化する。これは非常に混乱をきたしている。そうではなく、個人と社会のホロンは、相互に関連し合いながら、生起するのである。(引用ここまで)

 


この「上位のレベルは下位のレベルを含んで超える」というホロンの原則をはじめて目にしたときの衝撃を思い出しました。単語は文字を含んで超えており、文章は単語を含んで超えています。今日は昨日までを含んで超えており、明日は今日までを含んで超えることになります。      
しかし個体ホロンの上に社会ホロンを積んではいけないのです。会社は従業員より上位のホロンではありません(はじめはそのように誤解していました)。コミュニティも住民より上位のホロンではありません。それらは相関する個体ホロンと社会ホロンの関係なのです。AQALの右上の象限と右下の象限が交錯したことが混乱の原因です。むしろ(ウィルバーのAQAL理論の)右下の象限のリストに従うなら「ガイアシステム」の上位に「有機的生態系」があり、そしてその上位に「労働分業にある社会」が位置づけられることになります。「ガイアシステム」の後に「有機的生態系」が出現でき、「有機的生態系」の後にこそ、「労働分業のある社会」が出現できるのです。