ウィルバー哲学に思う

「統合」の哲人ケン・ウィルバーを中心に、仏教心理学的視点を取り入れたマインドフルネス、第三世代の認知行動療法ACT、アドラー、ポジティブ心理学など、複雑系や脳科学的なアプローチも加味し、「生命の躍動」の探求、心理哲学的な関心について綴っています。

攪乱者 disturbance

前回に引き続きILPのシャドウ・モジュールをみていきたいと思います。今回のタイトルは攪乱者としました。Disturbanceの訳としてそう表現したのです。以下に紹介するように、この3-2-1 Shadow Processではdisturb(動詞)あるいはdisturbance(名詞)という単語が何回か出てきます。文脈に合わせて動詞なら「妨害する」とか名詞なら「心の動揺」と訳しましたが、この名詞形については特に「攪乱者」と表現するのが最も適切ではないか、と思い始めたのです。このdisturbanceは、まさに3−Face It→2−Talk to It→1−Be Itというプロセスで対峙し、対話し、同一化する影そのものです。そしてそれは私たちを攪乱するものであり、逆にいうと、何らかの心の攪乱がある場合、影が存在していないかどうか疑う余地があるということです。それではGold Star Practiceの方のThe 3-2-1 Shadow Processを見てみましょう。
(以下引用拙訳)

The 3-2-1 Shadow Process
まず、あなたが何に作用させたいかを選びましょう。それは通常あなたが攻撃されたり、はねつけられたり、あるいは妨害され(disturbed)たりする(例えば、恋人、ボス、親など)「むずかしい人」ではじめるのが最も簡単です。あるいは、あなたを取り乱させるか、そうでなくとも、あなたをそれに釘付けにする夢あるいはボディの感覚を選びましょう。その心の動揺(disturbance)はポジティブあるいはネガティブなものかもしれないということを心に留めましょう。
 あなたは二つの方法で影を認識できます。影の元になるもの(material)は次のどちらかです:

 あなたをネガティブに過敏にさせる、容易に怒り、苦痛あるいは気の動転を誘発させ、反発させ、イライラさせるもの。あるいは、それはあなたの人生に充満した感情的な調子や気分として現れているかもしれません。

あるいは、
 あなたをポジティブに過敏にさせ、容易に夢中になり、所有欲の強い、取り付かれている、過度に惹かれるもの。あるいはおそらく、それはあなたの動機付けや気分を構造化し継続的に理想化するものです。

それでは、プロセスの3つのステップについてきてください。

3−Face It
攪乱者(disturbance)をしっかりと近くで観察しましょう。そしてそれから書くための日誌、あるいは話すための空の椅子を使って、その人、状況、イメージ、あるいは感覚を描写しましょう。彼、彼に、彼女、彼女の、彼ら、彼らの、それ、それの、などのように3人称の呼び名を使って詳細を生き生きと。これは、あなたの攪乱した経験、特にそれについてあなたを悩ませているものを十分に探索する機会です。その心の動揺を最小化しないで下さい。―それを可能な限り十分にたくさん描写する機会をもちましょう。

2−Talk to It
あなた、あなたのなどの二人称の呼び名を使って、気付きの対象との模擬の会話に入ってゆきましょう。これはあなたがその攪乱者との人間関係に入っていく機会です。そこで直接に、気づきの意識の中のその人、その状況、イメージ、あるいはその感覚と話しましょう。「あなたは誰/何ですか?どこから来たの?私に何をしてほしいの?私と話す必要があるの?どんな贈り物を私に持ってきたの?」のような質問から、あなたは開始してかまいません。それから攪乱者があなたに返事をするのを待ちましょう。彼らが話そうとすることをリアルに想像しましょう。そして実際にそれを言葉にして書き下ろしましょう。会話の中に現れることによって驚かされてもかまいません。

I−Be It
さあ、私、私に、私のという発音を使って、一人称で書き、あるいは話し、あなたが探索した人、状況、イメージ、あるいは感覚になりましょう。あなた自身を含めて、その攪乱者の視点から完全に世界を見ましょう。そしてあなた自身があなたたちの類似性を発見するだけでなく、どのようにしてあなたたちが本当は一つであり、同じものであるということを、発見するのを許しましょう。最終的に、同一化の状態へと至りましょう。:「私は   」あるいは「   は私です」これは、その本質から、ほとんどいつもまさに不一致あるいは「間違っている」と感じます。(結局、それはまったく、あなたの心理が否定するのに忙しかったそのものです!)しかし、まずは試着してみましょう(try it on for size)、少なくても(そこには)わずかの真実が含まれているからです。
 この(3-2-1の1)最後のステップはしばしば二つ目の部分を有します。その中で、あなたは影の十分な再所有のプロセスを完了します。つかの間、その視点から世界を見るだけでなく、実際にこの明らかに排除してきた感覚あるいは衝動を感じましょう。それが明確にあなた自身のものとして共鳴する(resonate)まで。その時、あなたはそれに専心し、それを統合できます。
 プロセスを完了するため、明確に排除されたリアリティを抽象的に(abstractly)表す(register)だけではなく、あなたの存在の複数のレベルで表現して下さい。これは気づきの意識、感情、そしてsubtleエネルギーの中で、あなたの否認に費やされてきたエネルギーと注意を完全に解放するという、変化(shift)を新しく作り出します。あなたは、そのプロセスが作用することを知るでしょう。なぜなら、あなたは実際により輝かしい、自由な、平和な、そして開かれた、そして時々、高くて、あるいは目がくらむような感じがするからです。それは、人生の可能性において、ある種の新しいものが加わることなのです。(引用拙訳ここまで)


いくつかの発見がありました。まず、過剰にポジティブなものに対しても影の存在が疑われるということです。これは本文ではサンプル2として、交際して数ヶ月のキャシーとビルの話として出てきます。シカゴ大学で2つの博士号をもつビルに対して、自分の知性を表現することを抑圧して否認していたキャシーはその影をビルに投影し、ビルに惹きつけられ、過度に熱中し、魅力を感じるのですが、それはここに書かれているように影が「気分を構造化し継続的に理想化」というメカニズムによってキャシーがビルを理想化していたことによるものなのです。

次に、日誌や空の椅子を使って行う、ということです。以前に紹介した1分間モジュールではそこまで時間をかけていられない場合ということで頭の中のシミュレーションとなっていましたが、正式には、しっかりと紙に書く、あるいは空の椅子の攪乱者と対峙し、話しかけ対話するということです。例えば、同じサンプル2から対話するプロセスを取り上げてみると、次のようにまさに二人の対話となっているのが分かります。(以下、引用拙訳)

2−Talk to It
 キャシー:あなたは私と一緒にいて楽しい?
 ビル:もちろん僕は君といて楽しいさ。それがこの数ヶ月、たくさん君と会いたいと思ってきた理由さ。
 キャシー:でも私たちの会話はあなたを退屈させないかしら?あなたは私から新しいことを何も学べないもの。
 ビル:とんでもないよ、キャシー。僕は君が頭の切れる女性だと分かっている。君自身のビジネスをスタートさせ、それをゼロから立ち上げたことから君が思っていること以上に君は多くを学んだ。君と同じように成功裏に会社を経営することは幸運だけではできないさ。僕なら確実にそのようなことはできない。そして僕は君がそれについて話してくれることから多くを学んでいるのさ。
 キャシー:でも、あなたの回りで私がどれほど臆病で、愛想がいいのか、あなたは気づいてないでしょう?
 ビル:それは、僕が人生の半分以上を学校で費やしてきたからで、すべてのことについて僕が正しいことを意味しているのではないよ!僕は、君が僕に挑戦してくれること、僕に反対してくれること、自分の意見を言ってくれることを待っている。僕は独自の思想やユニークな視点をとても偉大だと思っている。そしてもっと君の見解を聞きたいんだ―特に、君の見解が、僕のものとは違っているのかどうかを!(引用拙訳ここまで)


3つ目の発見は、影を再所有することの統合的な効果は想像以上に大きい、ということです。
同様に、キャシーの例によって、影を再所有する最後のプロセスを見てみましょう。。(以下、引用拙訳)

1−Be It
キャシーはビルになります。キャシーは言います。「私は知性的です。私は貢献できる価値ある視点を持っています。」

影の再所有キャシーは過去においていくつかのところで、周囲の男性に彼女の知性を見せる(displaying)ことは、好ましくありません(not okay)でした。それで彼女は自分のもっている知性的な能力を否認し、隠したのです。このケースではキャシーの影は知性というポジティブな性質でした。彼女は知性をビルに投影したのです。キャシーはビルにそんな強い最初の関心を抱いたのも、彼女が「影を抱きしめて」いたからです。彼女の心酔は、ビルに対するものだけではなく、否認した彼女の知性に対するものでもあったのです。3-2-1プロセスを通じて、キャシーは彼女のもっている知性を取り戻しました。
 これは、彼女の全体的な自己イメージの再評価をもたらしました。つづく数日間、活動的に日誌をつけることでプロセスを辿ったおかげです。彼女はこの洞察を受け入れると同時に、より地に足のついたように感じ、彼女のパワーを他人にただであげる傾向が少なくなったように感じました。ビルからの短い休憩を取った後、彼女は関係を続ける決心をしました。しかし彼女はもはや、彼女に開いた穴を埋めるためにそれを欲しているかのように、ビルの知性を理想化した自分を見出すことはなくなりました。彼女はもっとたくさんの自尊心を感じるようになりました。そしてその基礎に、彼のうぬぼれや性格上の弱点を理解し、彼を対等なパートナーとして多次元的な存在として、正当に評価できるようになったのです。!(引用拙訳ここまで)



このように知性というポジティブな性質を抑圧し影となることもあるのだ、ということにも驚きです。しかし、明らかに自己評価の低すぎる人も、確かにいます。思い当たります。そのような人にとってappreciateまさに、相手に対する正当な評価と正当な自己評価はとても大切でしょう。女性は男性の前であまり頭の良いところを見せてはいけない、というような慣習的(アンバー段階的)な道徳観念がアメリカでもあるのでしょうか?日本ではいかにもありそうです。昔、大学受験が終わった頃、東大と関西学院大学に合格して、(東大に行くと)「お嫁の貰い手がなくなるかもしれないから」と、どちらの大学に行くべきか迷っていたクラスの女子がいたことを思い出しました。もちろん健全なオレンジだった僕たちは「何をアホな!そんなん、ありえへん」と口を揃えて言ったのでしたが・・・。
 話がそれましたが、「影を再所有(Re-owing the Shadow)」することによって、「気づきの意識、感情、そしてsubtleエネルギーの中で、あなたの否認に費やされてきたエネルギーと注意を完全に解放するという、変化(shift)を新しく作り出す(engender)」ことができるということです。これは次回に書きたいTransmuting Your Authentic Primary Emotions(into Energy)につながります。攪乱者(disturbance)をエネルギーに変換する錬金術。それアルケミストであるターコイズ段階への第1歩なのではないでしょうか。