ウィルバー哲学に思う

「統合」の哲人ケン・ウィルバーにはじまり、仏教心理学的視点を取り入れたマインドフルネス、第三世代の認知行動療法ACT、そして近年ブームのアドラーまで、脳科学的なアプローチも加味し、心理哲学的な関心について綴っています。

認知療法の自動思考

配偶者や子どもなど大切な家族との死別をきっかけにうつ病を発病することがあります。そしてうつ病になった人は自殺を企てることが少なくありません。うつ病にならないように、そしてうつ病になっても回復させる治療法の一つに認知療法というものがあることを知りました。大野 裕氏の『「うつ」を治す』には以下のように書かれています。

認知療法というのは、アメリカの精神科医のアーロン・ベックが考案したものです。ものの考え方や受け取り方によって気分が変化することに注目して、幅の広い柔軟な考え方ができるようにして抑うつ気分を改善していく治療技法です。

そしてこの認知療法の中で「認知の歪み」のある「自動思考」を意識して見つけ、合理的な思考に置き換えるというプロセスがあります。
「自動思考」とは気持ちが動揺しているときなどに瞬間的、自動的に頭に浮かんでいる考えやイメージのことをいいます。また「認知の歪み」とは、証拠が少ないのにあることを信じ込むこと(恣意的推論)、や気持ちが滅入ってくるとうまくいかなかったことばかり目に付くようになること(拡大視・縮小視)、一度失敗しただけで何をやってもダメだと結論づけてしまうこと(極端な一般化)、などがあります。

このような認知の歪みのある自動思考が発生した場合に、「そう考える根拠はどこにあるのか」「だからどうだというんだ」「別の考えはないだろうか」という3つの質問を自分に問いかけて「代わりの考え」(合理的反応)を整理して書き出します。例えば「いつも失敗ばかりしている」という自動思考に気づいたとすると、それに反論する「失敗したことは事実だから仕方ないし取り返しのつかない問題ではない」という「代わりの考え」を書き出すのです。詳しくは上記『「うつ」を治す』(PHP新書)を参考にしてください。

しかしこれって、2月7日のブログ「無意識の思考に気づく」に大変近いのではないでしょうか。Eckhart Tolleのいう「無意識な頭のおしゃべりに気づくこと」、ウィルバーのいう「流れる雲を見るように思考や感情を観察する目撃者としてくつろぐことRest as the Witness」に共通するものを感じました。
そして認知には大なり小なり歪みが付き物であるという意味では般若心経の「照見五蘊皆空」が頭に浮かびます。色、受、想、行、識という五蘊のなかでも「受、想、行、識」すなわち感覚、知覚、認識という作用には自性(固定した実体)は無いんだ、という智慧に照らし合わせると、程度の差こそあれ、普段の私たちは「認知の歪み」のある「自動思考」をおこなってしまっているということでしょう。