ウィルバー哲学に思う

「統合」の哲人ケン・ウィルバーを中心に、仏教心理学的視点を取り入れたマインドフルネス、第三世代の認知行動療法ACT、アドラー、ポジティブ心理学など、複雑系や脳科学的なアプローチも加味し、「生命の躍動」の探求、心理哲学的な関心について綴っています。

ロシア兵に告ぐ、アイヒマンになることなかれ! ~本当の正義を考え、命令に背く勇気を~

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ハンナ・アーレント(哲学者、思想家 1906-1975)


ロシア軍によるウクライナ侵攻に関しては様々な報道が続いており、西側諸国はどうしたらよいか、何ができるか、と日夜議論されています。

 

・ロシアに対する経済制裁で国民全体およびプーチン支援層に圧力をかける

SNSなどで、ウクライナでいま起こっている真実を知らせる

・フランス、ドイツが中国(あるいはトルコ、イスラエル)を伴って仲裁に

ウクライナがロシアの条件を部分的あるいは全面的に受け入れる、などなど。

 

しかしながら、なかなか突破口となる切り口が見出せない現状に、何とも言葉にならない複雑な思いが数日続いていましたが、ハンナ・アーレントの『全体主義の起原』のことがふと頭をよぎり、2018年4月のブログを読み返し、『100分de名著』の当該番組の第4回をもう一度見てみました。

 

2018年4月5日に書いた

エルサレムアイヒマン」現象 (※1)

が再び起ころうとしている、(しかも軍事大国ロシアによる戦争という形で)という思いが沸き起こったからです。

 

ここでいうアイヒマンとは、収容所へのユダヤ人移送計画の責任者であるナチス将校アドルフ・アイヒマンのことです。エルサレムでのアイヒマンの裁判を目にしたアーレントは、彼が「悪の権化」かと思いきや、与えられた命令を淡々とこなす陳腐な小役人だったことを知り、驚愕したといいます。自分の行いの是非について全く考慮しない「無思想性」は、多くの人に見られる傾向であり、それは「誰もがアイヒマンになりうる」という恐ろしさを提示していると。

 

結論を先に申し上げますと、私は声を大にして言いたい。

 

ロシア兵よ、アイヒマンになることなかれ!

 

何が本当に正しいか、自分の頭で考え、命令が納得いかないなら、命令に従わない勇気を前線のロシア兵に、そしてロシア軍ヒエラルキーの構成員に持ってほしいと思います。

 

プーチンは今やヒトラーのような最悪の独裁者への道を突き進んでいます。その態度を緩和させることはとても困難であろうと報じられています。

 

プーチンの側近やロシア軍のヒエラルキーは、集団的にアイヒマン化しつつあるのではないでしょうか。

 

すなわち、最高司令官でもあるプーチンの命令に服従し、(おそらくロシアの法に触れることもなく)首都キエフを攻撃し、一般市民の集団殺戮を実行しようとしています。

 

これは本質的に「エルサレムアイヒマン」現象の考察と同じです。

 

アイヒマンヒトラーの命令に従って黙々と効率よくユダヤ人を収容所の毒ガス室に送り込みましたが、職務に忠実などこにでもいる人だったと記されています(10年以上隠れていましたがエルサレムでの裁判により死刑になりました)。

 

ですから「悪は凡庸である」、「悪は陳腐である」と番組では表現されていました。

 

「悪いのはプーチンでロシア兵ではない。ロシア兵の中には、捕虜になった兵から聞かれたようにウクライナ人を殺すつもりはなく、むしろ助けるためだと説明を受けて出動したが事実は違った」というようなニュアンスの声も聞かれています。

しかしその矛盾した説明(大義)を信じて、小児病院を爆撃するのは誰の目にも明らかな巨悪でしょう。都合の悪い事実を隠蔽し、上辺だけの薄っぺらいストーリーを信じ込ませる「二重思考」(※2)の兆候が見られます。

 

アイヒマンナチスドイツの法に則って、その病的ヒエラルキー(※3)の上からの命令に従ってユダヤ人を毒ガス室に移送して行きました。

 

独裁的ヒエラルキーの下にいて命令に従って一般市民集団殺戮の砲弾やミサイルを発射すること(あるいいはそれに加担すること)は、アイヒマンが行ったことと同類の、とてもとても悲しい悪です。

 

アイヒマンのように「本当に自分で考えるということをしない」とき、ルール(法と命令)に従っているからとして「考えることを放棄した」とき、大きな悪が行われると、前のブログで書きました。

 

命令に従わねば、抗命罪(軍人、軍属が上官の命令に反抗し、または服従しない罪)として処刑されるかもしれません。ロシア兵の自分が逃げても妻や子ども、家族がロシア警察に捕まり、処罰されるかもしれません。

 

服従しない時はこんな目にあうぞといった暴力を背景とした脅迫の構造を伴った爆撃命令です。

 

その命令はロシアの同胞であるウクライナ人を攻撃し殺せという命令です。

 

行くも地獄、帰るも地獄のジレンマです。

 

そうした人間の弱みに付け込んで、独裁的支配が組織的に行われています。西側諸国からするとありえないような屁理屈がロシアのラブロフ外相から聞かれます。全体主義の世界を象徴する二重思考がすでにプーチン政権ヒエラルキーで蔓延しつつあるのです。

ジョージ・オーウェルが小説として描いた『1984年』に出てくる「二重思考(double think)」です。リンクの2018年4月12日の拙稿をご参照ください。)

 

こうしたこと(病的なヒエラルキーがもたらす構造的な問題)はハンナ・アーレントの『全体主義の起源』をはじめ大戦終結後の歴史の分析によって、明らかにされてきたはずなのに…とても残念で悲しいです。

 

1945年から77年経った今も、人類は全く何も学んでこなかったかのような暴挙が現に行われようとしています。

 

ロシア兵よ、君たちはどう生きるのか?

 

命令に思慮なく従う前に、人としての「良心」に従おう!

理不尽な命令には、一生分の「勇気」をもってNo!と言おう。

 

ロシア兵よ、アイヒマンになることなかれ!!

 

 

※1「エルサレムアイヒマン」現象

財務省官僚にみる「エルサレムのアイヒマン」現象 - ウィルバー哲学に思う

※2「二重思考

理財局における二重思考と『君たちはどう生きるか』 - ウィルバー哲学に思う

※3「病的ヒエラルキー

病理的・支配的ヒエラルキーとしての森友問題 - ウィルバー哲学に思う

 

#ウクライナ #アイヒマン #アーレント #ヒエラルキー