ウィルバー哲学に思う

「統合」の哲人ケン・ウィルバーを中心に、仏教心理学的視点を取り入れたマインドフルネス、第三世代の認知行動療法ACT、アドラー、ポジティブ心理学など、複雑系や脳科学的なアプローチも加味し、「生命の躍動」の探求、心理哲学的な関心について綴っています。

Interpersonal知性と、セルマンの役割取得能力

「VIFによる思いやり育成プログラム」という渡辺弥生さん(編)の本が届きました。
ウィルバーのAQALインテグラル理論にあるInterpersonalの発達ラインの主要な研究者として名前が挙がっているセルマンの「役割取得能力の発達段階」の本「(邦訳)ペア・セラピィ―どうしたらよい友だち関係がつくれるか」は訳が大変難しいとの書評であったことから、渡辺さんがそれを優しく解説して、実践例も書かれているこの本を購入しました。
ハーバード大学のセルマンは「相手の気持ちを推測し、理解する能力」のことを「役割取得能力;Ability of Role-Taking」として提唱し、レベル0からレベル4までの5段階の発達段階があることを明らかにしています。

レベル0:自己中心的役割取得(3〜5歳)
 自分と他者の視点を区別することがむずかしい。同時に、他者の身体的特性を心理面と区別することがむずかしい。(Selman)
     
自分と他人の区別が未分化で「わたしは…が好き」とか「わたしは…を持っている」といった好き嫌いや所有物によって自分を説明する。キティちゃんの服を着ているからやさしいというように外見的特徴と気持ちを混同することが多い。自分がサッカーを好きだから友達の誕生日にサーカーボールをあげたいという気持ちをもったりする。

レベル1:主観的役割取得(6〜7歳)
 自分の視点と他者の視点を区別して理解するが同時に関連づけすることがむずかしい。また、他者の意図と行動を区別して考えられるようになり、行動が故意であったかどうかを考慮するようになる。ただし、「笑っていれば嬉しい」といった表面的な行動から感情を予測しがちである。(Selman)

 おおよそ小学校低学年に多い発達段階である。自分と他人の違いは意識するようになり、社会的な比較もできるようになる。しかし、笑っていれば楽しい、泣いていれば悲しいといった理解で終わりやすい。見かけの表情の背景にある本当の気持ちを推測することがむずかしい段階である。

レベル2:二人称相応的役割取得(8〜11歳)
 他者の視点から自分の思考や行動について内省できる。また、他者もそうすることができることを理解する。外からみえる自分と自分だけが知る現実の自分という2つが存在することを理解するようになる。したがって、人と人とがかかわるときに他者の内省を正しく理解することの限界を認識できるようになる。(Selman)

 自分の視点と他者の視点を区別し、互いの視点から自分や他者の気持ちを推測することができるようになる。また、「他の人が知る自分」と「自分が知る自分」の違いについて気づくようになり、笑っていても実は悲しいといった状況を理解するようになる。

レベル3 三人称的役割取得(12〜14歳)
 自分と他者の視点以外、第三者の視点をとることができるようになる。したがって、自分と他者の視点や相互作用を第三者の立場から互いに調整し考慮できるようになる。(Selman)

 「わたし」と「あなた」の二者間の視点だけでなく、「彼」「彼女」といった第三者の視点をとることができるようになる。例えば、いじめをテーマに話し合う場合に、いじめられっ子の立場もいじめっ子の立場もおさえて、「自分は・・・のように思う」といった意見を述べることができるようになる。

レベル4 一般化された他者として役割取得(15〜18歳)
 多様な視点が存在する状況で自分自身の視点を理解する。人の心の無意識の世界を理解し、主観的な視点をとらえるようになり、「言わなくても明らかな」といった深いところで共有される意味を認識する。(Selman)

 自分がさまざまな社会的カテゴリーに所属していることを意識できる段階である。また、経験していない立場でもイメージで推論することができるようになる。


セルマンは、役割取得能力の発達段階を2つのタイプの対人交渉方略(どのように相手に働きかけるか)のちがいで説明しています。

対人間で葛藤やトラブルが生じたとき、どちらかといえば自分の行動を変えるタイプ。これは自己変容指向のタイプです。それに対し、自分ではなく相手を変えようとするタイプは他者変容指向のタイプです。他者変容指向の人は暴力(L0)→命令(L1)→説得(L2)→調整(L3)というように他者への働きかけを発達させていき、自己変容指向の人は逃避(L0)→従属(L1)→妥協(L2)→調整(L3)というように対人交渉方略を発達させていくといいます。

これは分かりやすいですね。
発達段階レベル0では、自己中心的な対人関係しか取れないため、自分を押し通す方は「暴力」に訴え、自分を曲げる方は「逃げる」ことになります。レベル1に発達すると、自分と相手の違いは区別できるようになるので、自分を通す方は「命令や脅し」という方略を取ります。それに対し自分を曲げるタイプは「従う、諦める、助けを待つ」という対応を取ります。それがレベル2に達すると「他者の気持ちを変えるために心理的影響力を意欲的に使う、促してさせる・物物交換」という対応、すなわち「説得」(あるいは取引)です。説得された方は「妥協」することになります。そしてレベル3でようやく自分の立場も客観視することができ、第三者的立場から、自分と相手の願望そして相互の立場を調整できるようになるということです。

世界観の色で表した発達レベルでいうと、レベル0(暴力―逃避)およびレベル1(命令―服従)が「レッド」、レベル2(説得―妥協)が「アンバー」、レベル3(調整―調整)が「オレンジ」に対応していることが分かります。レベル4はpluralisticな感じなので、やはり「グリーン」でしょうか…。

「多様な視点」の意味が、「発達段階に応じた様々な視点」という意味を含みつつ語られるなら「インテグラル」な段階と解釈できそうです(2022/4/7追記)。

このように、インテグラル理論で扱う発達ラインのひとつ、Interpersonalな知性もこのような発達段階を経て成長していきます。

詳しくは、ソーシャルスキル尺度(対人理解、葛藤解決、役割取得)、共感性調査、対人行動方略尺度などによって、その子どもの発達段階をアセスメントするようです。

いずれにしても、相手の視点、第三者の視点、そして多様な視点へと、取ることのできる視点が多くなれば多くなるほど成長する(ただし深さを評価できることが必要です)という観点は、すでにILPのマインドモジュールで見てきた通りです。
Increasing Your Capacity to Take Perspective「視点を取る能力を増大させる」
では次のように書かれていました。


理想的には、この視点を取る能力は大人になるまで発達し続けます。成長はどんどん広い視点を取ることを通して生じます。以前に限界のある視点に組み込まれていたとしても、もっと包括的な視野をもつことができるようになります。その視野は私たちが前に見た限界のある真実を超えたものなのです。結局のところ、私たちが自分でとってきた視点に対して、(新たな)視点を取ることを学ぶのです!そして、そうして意識の進化へと進んでいくのです。

Interpersonalな知性のライン…、また少し理解が深まったのではないでしょうか。

次回はEmotionalな知性のラインとしてゴールマンのEQを取り上げたいと思います。