ウィルバー哲学に思う

「統合」の哲人ケン・ウィルバーにはじまり、仏教心理学的視点を取り入れたマインドフルネス、第三世代の認知行動療法ACT、アドラーなど、複雑系や脳科学的なアプローチも加味し、「生命の躍動」の探求、心理哲学的な関心について綴っています。

木枯らしや生命の躍動みちしるべ

「生命の躍動」とは一昨年来、折に触れてこのブログでも取り上げてきた「生命(いのち)の躍動」です。

生命と書いて「いのち」とよんでいます。

ベルクソンがいったelan vital(エラン・ヴィタール)には「複雑系としてふるまう創造的進化の原動力」という定義を2017年7月18日のブログで記しました。

宇宙あるいは自然が自己組織化しようとする働きです。

自然の、あるいは大宇宙の「生命の躍動」です。

 

それに対しここで詠んだのは、私個人の「生命(いのち)の躍動」です。

「内なる躍動」と言い換えることもあります。

星の子である私たち個人を小宇宙と見なすなら、大宇宙のelan vitalと小宇宙の「生命の躍動」が共振するのはある意味当然といえるでしょう。

 

絵画のように情景がありありと目に浮かぶ五七五にはなっていませんが、いわば「人間探求派」のそれ(「我はいかに生きるか」という意識を深めるべきものとする俳句)です。

 

健康寿命を意識する年齢になりました。この世に生を受けて六〇回目の世界が開闢(かいびゃく)したことになります。

 

目の前を過ぎてゆく世界は、時代とともに移り変わっていきます。楽しい時もあれば、苦しい年代もあり、吹きすさぶ木枯らしに心寒かった時節も思い出されます。

 

そのような時に、どちらへ進めばよいか分からないような、道なき道を進むときに「道しるべ」となってきたのは、内なる「生命の躍動」であったことに思い至りました。

 

生命の躍動という内なる羅針盤が示す方へ、だんだん躍動が高まる方へと、歩いて来たのだと思います。

 

それは必ずしも、習俗的な価値観に受け入れられるものばかりではありませんでした。

 

むしろ非慣習的な方向を示すことも多かったようです。

 

しかしながら、幼少期からの少々危険を伴った「遊び」(昆虫取り、木登り、磯遊び、魚釣り、鉄棒、バク転・・・etc.)に、育まれた性質?涵養された性格?のせいでしょうか。

 

精神科医のスチュワート・ブラウン博士は、子ども時代の「自由な遊び」が、創造性、共感力を育み楽観的な性格を培う、そして大人になっても困難を乗り越える力を与えてくれるといいます。)

 

「(知的な、質的な)生産性はこうした躍動のあるこっちの道の方が絶対に高い」

「であればやがてうまくいく・・・はず」という、何というか身体感覚のようなものです。

 

その感覚を辿って来ました。いのちの躍動を道標に歩んできたら今の世界が開けている・・・。

 

木枯らしや生命の躍動みちしるべ

 

おー、いま気づきましたが、昨年の朝ドラ「なつぞら」の主題歌の一節にちょっと似ているかも(笑)。

 

めげずに歩いたその先に 知らなかった世界 ♪

 

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新年あけましておめでとうございます。

本年もどうぞよろしくお願いいたしますm(__)m。

卓球の実践によるインテグラルな波及

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卓球をまたやろう!と思い立ち、昨年10月から卓球を再開(ほぼ40年ぶり)、チームを組んで大会に出るなど、この1年間、実践してきた。

 

健康面では体重10kg減、体脂肪率8%ダウン。メタボ予備軍を脱し、血圧、休息時心拍数、血糖値、インスリン抵抗性、CRP中性脂肪、FIB4(脂肪肝の指標)などが著しく改善し、慢性疾患のリスクが大きく低下した。これは4象限マトリックスの〈右上象限:個の外面〉身体領域の成果である。

 

一方、〈左上象限:個の内面〉では練習試合、大会への出場を月1回以上の頻度で組み込むことで、「チャレンジ・ストレス」が実現できている。短期的でコントロール可能なストレスはむしろ対応能力を鍛えてくれ、困難を乗り越えるための技術と自信を身につけることができる、という考え方だ。

 

ストレスに出会ってもチャレンジ反応(challenge responses)で迎え撃つことが可能。そうした人は不安や緊張を感じる一方で、「よし、かかってこい!」と興奮と闘志をかき立て、ストレスをチャレンジと捉えることができるという。

 

筋肉の緊張や鼓動や呼吸にストレス反応が出ていると気づいたら、「これは良いストレスだ。最善を尽くせるようエネルギーを送っているのだ」と意識的にラベルを張り直す。それによって体の反応も変化させることができる。血管が広がって、より多くの血液を脳に送ることができ、体の活力が増大すると言われている〈右上象限への波及〉。

 

〈左下象限:集団の内面〉である人間関係の領域に目を移すと、地域の卓球サークルに所属することが新たな人間関係を形成しつつある(現在は濃淡あるが3つのサークルに所属している)。また、練習試合や大会で何度か顔を合わせ対戦する相手に対し、良い意味でのライバル心も沸き起こる。

私の場合、中学高校時代の仲間とチームを組んで大会に参加し、勝っても負けても試合後の反省会(飲み会)を楽しみにしている。勝てた時の喜びの共有、負けた悔しさの共感。それらは「私たち」といえるスペース、「We空間」を育むことにつながっている。

 

〈右下象限:集団の外面〉社会性はどうだろう?

じつは今年度、私が関わっている小児がん支援NPOの方でフレイル予防のプログラムのひとつとして卓球アクティビティ(卓球の難しい人でもできる卓球バレーも含めて)を開始した。卓球を社会的役割のプログラムのひとつと位置づけ、動かし始めたということである。

小児がんに限らず、がん経験者は治療の影響もあって早期老化が進みやすい。適度な運動、バランスのとれた食事、社会参加の3点が老化防止、フレイル予防に重要とされているが、運動しましょう、1日8,000歩あるきましょう、といっても生活習慣を変える実践はそう簡単ではない。やっていて楽しいことを継続し、それが健康に資するのが一番の近道だ。

シニア向けの健康卓球のコーチをしている人もいるし、卓球療法士といった民間資格も生まれている。健康卓球をスローガンに掲げるNPOも現れてきた。卓球を生業(なりわい)にできる人は少ないだろうが、卓球を通じて一定の社会的役割を担う道はいろいろとありそうである。

 

卓球をまたやろう!と思い立ったのは、私なりの「良知に基づく決断」である。「良知に基づく決断」については、また別の機会に詳しく取り上げる予定だが、人生を振り返ると昭和の終わり頃にした決意のひとつ「中小企業診断士の資格を取る!」も思い起こせばそうであった。もっと遡って中学3年生の時には「加藤諦三のいうように勉強しよう!」という覚悟もそうであったと思う。

 

それは一定の熟成期間を経て、心の奥底から出てくる「この方向は間違いない」、という実感を伴って下される決断であり、覚悟である。

 

そしてそれは、インテグラルな波及をもたらすものだと思う。

フローの一条件として「接戦で〈今〉にあり続ける」こと

 

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昨年の10月から卓球を再開して1年が経ちました。

最近になって「これはフローかも??」と思える瞬間があったので、今回は「フロー」をテーマに書いてみたいと思います。

 

フローについては何回かこのブログで取り上げています。

特に2010年の8月30日のブログ『フロー状態とAttention』ではチクセントミハイの『フロー体験入門―楽しみと創造の心理学」を引用して次のように書きました。

 

このチクセントミハイ教授の素晴らしいところは、縦軸にチャレンジの高低、横軸にスキルの高低をとって、フローが高チャレンジ、高スキルの場合に起こりやすいことを洞察したことだと思われます。

(以下引用)

つまり目標が明確で、迅速なフィードバックがあり、そしてスキル(技能)とチャレンジのバランスが取れたぎりぎりのところで活動している時、われわれの意識は変わりはじめる。そこでは、集中が焦点を結び、散漫さは消滅し、時の経過と自我の感覚を失う。その代わり、われわれは行動をコントロールできているという感覚を得、世界に全面的に一体化していると感じる。われわれは、この体験の特別な状態を「フロー」と呼ぶことにした。なぜなら、多くの人々がこの状態を、よどみなく自然に流れる水に例えて描写するからである。

・・・

フローは、スキルがちょうど処理できる程度のチャレンジを克服することに没頭している時に起こる傾向がある。最適な体験は、ふつう、行動能力〔スキル〕と行動のために利用できる機会〔チャレンジ〕とのすばらしいバランスを必要とする。もしチャレンジが高すぎて失望すると、心配し、徐々に不安に移行する。もしチャレンジがスキルに比べて低すぎてくつろぐと、退屈してしまう。もしチャレンジもスキルも低いと分かったら、人は無気力になるだろう。しかしチャレンジとスキルが高いところで一致したら、ふつうの生活から離れたフローを提示してくれる、深い没頭が起こるだろう。(引用ここまで)

 

 

その通りだと思います。そして今回、自分の体験を踏まえるなら、ミハイの言う「高チャレンジ、高スキル」の状況に加えて、「接戦で〈今〉にあり続ける」ことが、もう一つの条件、しかも極めて重要な条件なのだ、と確信しました。

 

「しまった!」「チャンスだったのに・・・」

「こんなミスしていたら勝てない・・・」

「またミスした・・・」

「もしかすると逆転されるのでは・・・」

「また大事なところでサービスミスしてしまった」

「油断した!」

・・・etc.

 

「ミスしたことの後悔(過去)」と「負けるかもしれないという不安(未来)」に囚われて、「心ここにあらず」のマインドレスな状態に陥るとますます悪循環していきます。

「肝心なところでいつもそうや」等といった「悪魔の囁き」が聞こえ、身体もボールもコントロールできなくなります。

 

焦り、力み、自己嫌悪、注意力散漫・・・

 

フローと全く反対のメンタリティです。

 

しかしこんな時こそ、そうした「悪魔の囁き思考」に気づくことが大切です。そうしたネガティブな思考が浮かんだ時、胸がキュッとなったり、心臓がドキンとなることがありますが、むしろそれを「気づきのシグナル」として利用しましょう。

 

心がワンダリングし、過去や未来に彷徨いかけていることに気づき、意識の背景である「今ここ」、集中すべき「この一本」に心を戻します。交換神経の活性化で分泌されたホルモンをむしろ味方につけるのです。

 

まずはそのままプレーを続けずに、囚われている「悪魔の囁き」から解放されましょう。

「おーとっと」と我にかえり、「フウッ」と大きく息を吐きます。焦ってサーブをしてはいけません。

腹式呼吸を2、3回します。

肩の力を抜き、肘と手首を軽く揺らします。

力を入れなくてもしっかり回転の効いたサーブが可能であることを思い出します。

 

相手との得点差が開いてしまったことは、逆に奇跡を起こすチャンスです。

ゲームは最後まで分からない。

だんだん追いついていくと何が起こるかわからない。

アドレナリンを味方にして気力へと変容させ、体中にみなぎらせます。

同時に副交感神経にも活躍してもらいリラックスしましょう。

気づいたとき、得点はいつのまにか追いついています。

あなたはゾーンに入っています。

勝ち負けはあまり気になりません。

思い切りのあるプレーを楽しんでいます。

身体が躍動し、ボールが自然に流れます。

 

追いつかれた相手のメンタリティとは、もはや格段の差があるでしょう。

 

〈今〉にあり続けることが、フローをもたらす一つの条件なのです。

マンダラとは1

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NHKこころの時代『マンダラと生きる』(正木晃著)

私たちのNPOでマンダラを折り鶴で表現しようという試みが始まり、ではマンダラとは何か?まずは基本の基を学ぼう!ということで昨日ミニ勉強会の1回目を実施しました。

NHKこころの時代で放送された番組のテキスト『マンダラと生きる』(正木晃著)を参考にまずは、前半です。

マンダラとは・・・

密教」と呼ばれるタイプの仏教が、

世界の構造や心の構造に関する最高の真理を、

言葉や文字ではなく、視覚を通して伝えるために開発した図像。

幾何学的な構成や強い対称性が特徴。

 

 日本のマンダラ

九世紀初頭、空海が中国から本格的な密教とともに持ち帰ったマンダラは独自の進化を遂げた。

「胎蔵マンダラ」と「金剛界マンダラ」という異質なものどうしが両立する「両部不二」の体系が創造され、日本の密教は深化した。

 

マンダラ塗り絵で心身ともに癒される?

自然界にはマンダラの特徴である対称性、円形、幾何学的な形態がいたるところに見られる(花、幹、茎、実の断面、雪の結晶、蜜柑やキュウリの断面、天体、鉱物の結晶、ミツバチの巣)。

ユングはマンダラは全人類に共通する集合的無意識に由来しており、元型のもつ普遍的作用が癒しをもたらすと考えた。

 

 世界とつながる「胎蔵マンダラ」

マンダラ第一号は密教経典の『大日経』に基づいて描かれている胎蔵マンダラ。

大日経が説く世界観を『胎蔵』という。=胎(子宮)。

子宮がやがて人となる胎児を宿し育むように、大日如来にによってあらゆる事物が含蔵され、育成される。

大日如来は、あらゆる事物の子宮(Matrix)。

つまり、みな大日如来の子どもなのだ。

このことを図像したのが「大悲胎蔵生マンダラ」

自然そのものがマンダラ→「草木国土悉皆成仏」

大日如来は、あらゆる事物の子宮と書かれていました。。Matrix(マトリックス)です。

中国の巨人盤古説との対比も興味深いです。

天と地は最初未分化の状態だった。そこから盤古という巨人が生まれ、盤古が巨大化するにつれて、天を押し上げたので、天と地が分かれた。盤古が死んで、その死体から万物が生まれた、という。

 

 胎蔵マンダラは「外部との絆をもたらす」方向にあるが、金剛界マンダラは私個人の「心と体の統合をもたらす」方向性にある、と書かれています。

ということは、インテグラル理論の4象限マトリクスで言うと、右下・左下の象限が胎蔵マンダラに対応し、右上・左上の象限が金剛界マンダラに対応するといえなくもありません。

ということで次回は金剛マンダラの基本の基を見ていきたいと思います。

テロメアを育む!

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テロメアを育む4象限アプローチ

 

2019年、新年明けましておめでとうございます。

 

今年の元日の記事のタイトルは『テロメアを育む!』です。

ノーベル医学生理学賞受賞者(2009)のエリザベス・ブラックバーン博士が、共同研究者で健康心理学者のエリッサ・エペルと共著で書いた『テロメア・エフェクト』(NHK出版)を、昨年の秋口から読む機会に恵まれ、その包括的なアプローチに感動し、「これだ!」と膝を打ちました。

 

クローズアップ現代でも一昨年に放送されたことから、耳にすることの多くなった単語「テロメア」ですが、私たちの細胞の中にある染色体の末端部分にあるDNAを保護するタンパク質でできた鞘のような部分にテロメアはあります。ヒトの通常の細胞が細胞死するまでに分裂できる回数は有限です。細胞が分裂を繰り返すたびに、このテロメアは短くなっていき、やがて分裂は止まりその細胞は再生されなくなります。テロメアの長さ(telomere length テロメア長)が、再生の回数を左右することから「命の回数券」などと呼ばれています。

 

このことからテロメアは私たちの健康寿命(寿命から要介護期間を引いた年齢)を伸ばすためのキーワードとして、「炎症加齢(インフラメイジング)」や「ミトコンドリア」に並び、あるいはそれらの機序とも関連して、近年注目されるようになりました。

 

医学的生理学的な詳細はいくらでも専門的な記事を検索できますので他に譲るとして、この『テロメア・エフェクト』のすばらしい包括的アプローチを分かりやすく人に伝えるため、4象限マトリクス(上図)にまとめてみました。

テロメア長を伸ばす、維持することを「テロメアを育む」と表現して中央に表示し、その目的に対して、4つの角度からのアプローチがあることを図示しています。

 

いつものように右上象限は個人的外面的アプローチを表わしますので、「体を整える」と表現しました。

 

この象限に並ぶ項目の一つ目は「運動」です。

運動をする人のテロメアはしない人に比べて長いといいます。左上象限「心を整える」のストレスの項目と関係しますが、定期的な運動によってストレスホルモンであるコルチゾールの産生を抑制します。体重管理の面からも「適度な運動」が大切です。具体的にいうと内臓脂肪を燃焼させる有酸素運動とインターバル・トレーニングです。アスリートの世界で従来疲労物質としてネガティブにとらえられていた乳酸が、実はミトコンドリアの増大に関係していることが分かり、乳酸閾値まで負荷を上げるトレーニングの意義も聞かれるようになりました。45分以上の有酸素運動を週3回以上しましょう!そのためにウォーキングしましょう、ゆっくりでいいからジョギングしてみてはどうでしょうか?などと誰でもできる適度な運動が推奨されています。

 

私は、独りでするウォーキングやジョギングではなく、左下象限(集団の内面)への波及も考慮して、近年人気急上昇(?)の卓球を昨年10月から再開しました。本格的な練習は中高校生以来ですから約40年ぶりとなります。2時間練習すると、大量の汗をかき、翌日はきき腕と下半身が筋肉痛となります。

一般的に最大心拍数は「220-年齢」で計算されるため57歳の私は163bpmであり、その50~70%である82~114bpmの心拍数にまで上がるような運動が脂肪を燃焼する有酸素運動となります。しかし有酸素運動だけだと、脂肪燃焼を開始するまでに約30分かかると言われています。それでは開始から30分は脂肪燃焼の点では意味がないことになってしまいます。しかしやや高強度のインターバル・トレーニングとして、はじめに30秒ほど小走りのような負荷の高い運動をする、次にスローダウンし脈を整える、また負荷を上げる、スローダウンする…ということを繰り返せば、5分で脂肪燃焼が開始します。汗が出てきたら有酸素運動に入ったというサインなのだそうです。またこうしたインターバル・トレーニングはエネルギー枯渇状態を作り出すことでミトコンドリアを増やす働きがあります(太田成男 日本医科大教授)。

 卓球はフォアハンド、バックショート、ツッツキといった基礎練習は有酸素運動で、ゲームさながらのオールラウンドは負荷の高い無酸素運動と負荷が低めの有酸素運動が繰り返される競技なので、インターバル・トレーニングと有酸素運動を合わせもつスポーツであるといえるでしょう。

 

二つ目に大切なのは、やはり「睡眠」です。質の悪い睡眠、睡眠負債睡眠障害などはみな、テロメアの短縮と相関があるといいます。私もスマート・リストバンドを利用して睡眠状態を計測していますが、まずは毎日しっかりと7時間以上の睡眠時間をとることが大切です。平日は5時間しか眠れないけど、休みの日に10時間寝て「寝だめする」と言う人がいますが、睡眠負債はそれでは解消されない(返済されない)ことが分かっています。睡眠が足りないと認知症の原因物質の一つであるアミロイドβの除去が滞ることで、睡眠負債認知症のリスクを高めるということも明らかになっています。

それから睡眠の質も大切です。年を重ねると眠りが浅くなりがちですが、深い眠りが連続するようトイレにおきる回数を減らす、そのために就寝前3時間は飲食を控えるなどの工夫をせねばなりません。レム睡眠は、コルチゾール分泌抑制やつらい記憶をいやしたりニューロン間の新しいつながりを作るなど大切な機能を果たしているので、睡眠時間全体の10%~30%の構成になることが望ましいとされています。いびきの激しい人は睡眠時無呼吸のリスクが高く、毎日のように昼間に眠気が襲ってきたり、寝汗や、朝の目覚め時にぐったりとした疲労感があるようなら診察を受けた方が良いとされています。

本書では、左上象限(個人の内面)の項目と関連しますが、「マインドフルネス不眠療法(MBTI)」を実践することで6か月間で80%の人に睡眠の改善が見られたことなどが紹介されています。

 

この象限の3つ目は「体重管理とバランス食」です。

メタボリック・シンドロームについて、日本では腹囲が男性85cm以上、女性90cm以上が第一の条件で、高血圧、高血糖、脂質異常のうち2つが基準値をオーバーしていることとされていますが、この『テロメア・エフェクト』の中では、腹囲は絶対値よりもウェストとヒップの比が重要でW/H比(%)が100%以下であること、とされています。

ダイエットは食事を減らすカロリー制限だけで達成しようとするのはよくありません。心筋梗塞脳卒中、がん、糖尿病につながる内臓脂肪を減らすことが肝要で、食事を減らすだけでは筋肉がやせることにつながると言います。筋肉のやせ細りはサルコペニアといって、フレイル(介護状態前の虚弱状態)の原因になりますので、地中海食や日本食(大豆、海藻、魚、乳製品、野菜)を意識したバランス食と運動を組み合わせることが大切です。

青魚やアマニ油に含まれるオメガ3脂肪酸テロメアの急速な短縮を防ぐと書かれています。また加齢とともに増加する「ホモシステイン」という物質は炎症と相関があり、心血管や認知症との遠因となる、葉酸塩やビタミンB12をとることで改善する、とされています。またホモシステインの増加は認知症の原因になるとも言われています。

 

それから見逃してはいけないのが「インスリン抵抗性」です。これも認知症の原因としても近年注目が集まっています。

血糖値が高くなり過ぎないように分泌されるのがインスリンです。血糖値が正常の範囲内なら問題ないと考えるのが普通ですが、一方でインスリンが効かなくなってきているというリスクがあります。血糖値を下げるためにより多くのインスリンを分泌する必要があるのです。これは血液検査でインスリン血中濃度を調べれば分かります。血糖値は基準内でもインスリンが基準値より高ければ、インスリン抵抗性が高まっている(効きが悪くなっている)証拠です。そして血糖値を下げるためにより多くのインスリンが血液中に入っていきますが、血糖値が下がった後は、速やかに過剰なインスリンが分解される必要があります。その分解酵素IDEと言いますが、実はこのインスリン分解酵素IDE認知症の原因タンパクの一つであるアミロイドβを分解してくれる酵素でもあります。IDEインスリンの分解に手古摺っているとアミロイドβの分解にまで手が回りません。こうしてインスリン抵抗性が高まることは、認知症へと繋がっていく(デール・プレデセンThe End of Alzheimer’s)のです。

 

予防するには砂糖の量をカットすることが最重要ですが、砂糖渇望症と上手に付き合うための方法の一つとして『テロメア・エフェクト』ではマインドフル・イーティングに触れています。プログラムの実践で一年後に血糖値が下がることが確認されたマインドフルネス食事認識トレーニング等が紹介されています。

・・・

 右上象限だけでいつのまにかこんなに文字数を費やしてしまいました。(;^_^A

 

左上象限(個人の内面)「心を整える」

右下象限(集団の外面)「環境を整える」

左下象限(集団の内面)「人間関係を整える」

については、また日を改めて書きたいと思います。

テロメアを意識的に育む」一年にしたいと思います。

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。m(__)m 

供花のブリコラージュ

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義理の母で、お花の師匠でもあった翠月先生が今月初旬に亡くなられました。葬儀では本当にたくさんの供花が飾られ、その一部を持ち帰ることになりました。

また先日、社中のお弟子さんから送り先不在で滞っていた見事なお花が届きました。

この写真はそれらの供花の残りを「ブリコラージュ」して生けたお花です。

100分de名著「野生の思考」レヴィ=ストロースを解説した中沢新一氏によると、ブリコラージュとは、「ありあわせの道具材料を用いて自分の手でものを作る」ことだといいます。

科学的思考では、まず「概念」(ここでは、ある特定の用途にぴったり合うように作り出された知的道具という意)を組み立てることから始めるが、先住民の思考は「記号」を用いているとのこと。

記号には概念とちがってはじめから「ゆらぎ」や「ずれ」が含まれている。言語という記号では隠喩(メタファー)と換喩(メトミー)が基礎になっている。似ているもので表現するのが隠喩(例えば女性を花に喩える)、部分で全体を表現するのが換喩(たとえば帆でヨットを表現する)。

記号は対象とぴったり合致することはなく、たえずゆれ動きをはらんでいる。「ありあわせの道具材料」を記号として用いるブリコラージュでは「でき上ったとき、計画は当初の意図とは不可避的にずれる」。

そしてアール・ブリュット(生の芸術)などの作品の特徴は、「概念的」ではなく「記号的」に素材を組み合わせる自由さにあり、ブリコラージュ的才能を持った人の手になる構築物は、まるで生命を持っているかのように動く、といいます。

私が使うのはおこがましい気がしますが、いろいろな思いを胸に生けたお花でもあるので、写真だけではなく「ブリコラージュ」という言葉とともにここに記しました。

蓮輪翠月先生、ありがとうございました。

 

 

記憶に残る3つのブログ記事

このブログを本格的に書き始めたのは、2009年の元日からです。

 

今年の年末で10年を迎えるということで、自分なりに記憶に残るブログ記事、自分にとって大きな変化につながったブログ記事はどれであったかを考えました。

 

今回はこの10年間の前半、2009年から2014年までの5年間で、強く記憶に残っている自分のブログ記事を3つ取り上げ、簡単に振り返ってみたいと思います。

 

まず、

nagaalert.hatenablog.com

です。

この2009年9月25日のブログ記事を書いた時のことは今でもはっきり覚えています。不安なことがあって、胸がやや締め付けられるような感覚があり、その内容についてあれこれ思いを巡らしていたのですが、ふと、こんな時こそ、今まで(このブログで)積み重ねてきたことを実践すべき時だということに気づき、やってみました。

記事に書いている通り、自分でも驚くほどの状態の転換が起こりました。

 

理論的にはまだまだ未整理な段階ではありましたが、試行錯誤から一つの確信に変わった、自分にとって大きな出来事でありました。

 

二つ目のブログ記事は2011年12月26日の

nagaalert.hatenablog.com

 です。

 

丁寧な説明が全くない無礼な自分の用のブログ記事なのですが、図にして表現しただけあって、これまで何度もここに立ち戻ることができています。この基本構造は今でも大きく変わっていません。「世界」や「他者」などいくらか追加するパーツは増えましたが。

 

 

そして三つ目は、2014年12月27日の

nagaalert.hatenablog.com

です。

 

黒澤明が選んだ100本の映画」のうちの一本である(Wikipedia)とされる映画です。

ここに私が書いたようなインスピレーションをどれほど意識して作られたのかは定かではありません。たくさんのお金を持つものがリッチなのではなく、多くの友人を持つ者こそ本当のリッチなのだというメッセージが映画の終盤で流れますので、表面的にはそのように見て十分感動できるクリスマス映画だといえます。

 

しかし私がこの映画がから得たインスピレーションは

 

わたしと世界はセットである

 

ということです。

 

25年ぐらい前に読んだジョアンナメイシ―の『世界は恋人 世界はわたし』(World as Lover, World as Self)を、もう一度買って読みたくなりました。

 

以上、駆け足ですが10年前から5年前までの「記憶に残る3つのブログ記事」を振り返ってみました。